弾丸温泉旅行ご一行

「今度こそ旅行に行きたいですよね」

なんてつばさが言ってから暫くした後の事。

サナ達一行は、互いの願いとそれを叶えられる神の座を賭けて戦い合った後、勝者の願いとしてつばさがアップデートした新しい『現代』に身を置いた。その生活や、その際に設けられた『神の廃止』で全員が同立の『能力者』になる、という新たなルールにも慣れきった頃。

「遂に!! 有給が!! 取れました~~~!!!」

「彼女ちゃんおめ~!!」

「……その休み、旅行じゃなくて労基行ったほうが良くない?」

泣き笑いで帰宅したつばさの両手を挙げた姿に、偶然サナ宅に遊びに来ていたアメも両手を挙げて応える。その場に居合わせたサナがその光景を見て冷めた目線を送っていた。

「いやいやいや、旅行行きますよ! もう予約取ってるんですから! 大体、最初はサナさんが『ペアチケット当てたから私かルナさんかどっちかと行こう』って話だったのに、私とルナさんが予定を決め兼ねてる間にアメさん誘ってややこしくしたのサナさんでしょ!! 余計にややこしくしないで貰えませんか!?」

「あら、ふたりとも決めるのが遅かったんだもの?」

「そう言って『かき乱したら面白そうだな~』とか考えてたんでしょ!!」

つばさのその言葉に、サナが黙って視線を反らしてそっぽを向く。それが何より、サナが『自分の為の修羅場』を見たがったという事実を示していた。

「まあ、それで結局全員誘って手配までしちゃうの、彼女ちゃんも甘やかすよね~。もうちょっと嫉妬しても許されるんじゃないの?」

「いやまあ、サナさんにそれやってたら身が持ちませんし。それに元旅人の習性っていうか、大勢で行ったほうが面白いだろうとは私も思いましたし! 旅は道連れってやつですよ……取り敢えずアメさんにチケット渡すんで、カンちゃんきぃちゃんにも渡しといてくださーい」

「おけ~、つってもあの2人だと無くしそうだから当日まで預かっとく~」

そう言ってアメはつばさからチケットを受け取った。そのつばさの手にもう1対、チケットが握られている事に気づいたらしい。

「コエと月都ちゃんとこにもひとっ飛びしてこようか? 秒で行けるよ~?」

アメは得意げにつばさにニヤついた視線を送る。その表情に何かの企みを感じたのか、つばさはため息混じりに肩を落とした。

「コエなら後で立ち寄るらしいからいいわ。ルナにも渡してるし、ヘイヤとハルトも既に取りに来てるから」

「なあんだ、ちょっと活躍して恩売っとこうと思ったのに~」

その企みに気づいていたらしいサナが否定すれば、アメは残念そうにまた笑う。サナもやっぱりね、と笑みを含んだため息を零すのでどうやら2人の思考回路は似ているらしかった。

「……本当、お二人は欲に生きてますね……」

「「お陰様で」」

トーンは違うものの揃う声に同じ色を感じる。

その態度につばさは呆れ返るしか出来なかった。


そこから更に数日後。旅行の出発日。

サナ、つばさ、ルナ、アメ、カン、きぃ、コエ、月都、ヘイヤ、ハルトの10人で構成された団体は早朝に駅で待ち合わせ、電車に揺れられて2時間程の郊外の温泉地へと足を運んでいた。

旅行、と言うには少しばかり近場だが、この人数で社会人・学生諸々入り乱れている状態では、休みを合わせられるだけ合わせるとそうそう遠くへ行けるわけではない。バラバラに帰る手段もあるか? とつばさは一度は考えたが、予約の兼ね合わせなどを考えても一泊が限界だ。

この人数なのだからもう少し遠く……例えばアウトドアするとか、もっとやれることいっぱいあったような?……と思うと惜しい気持ちもあるが、それは今後の機会に取っておくしかない。

という訳でシーズンオフの週末。一泊二日のまさに行って帰るだけの旅行が実現したのだった。

とはいえ道中、一行のてんやわんやに揉まれつつもその光景を見ていれば、揃って出掛ける案は間違いではなかったとつばさは密かに胸を撫で下ろす。

車中ではきぃとアメが調達してきたお菓子やサナが作ってきたお菓子を回し配り合ったり、サナと共にカードゲームに興じるアメとカンの悲鳴を尻目に居眠りしたり、コエと月都が車窓から見える車のナンバーや看板の電話番号を足したり引いたりして遊んでいるのをルナが採点するのを眺めて、そのあまりの計算の量の多さにまた眠くなったり、きぃが手持ち無沙汰に持ってきた刺繍をどんどん進めていくその手元を眺めて、普段はおっとりしてるけどこの人もやっぱり『サナさん』なんだなあと変な感慨を覚えたり、ヘイヤとハルトが来週の献立を決めているのを聞き流してちょっとお腹が空いたりしながら、つばさは時折持ち込んだ本のページを捲っていた。

その間にも徐々に景色は町を外れ、川を越えて、やがて山へと入っていく。

海街を望む温泉街。

目的地は、展望が自慢の温泉宿だ。



「ごほっ……ごほっ……お、ええぇっ……うえ……」

「サナちゃん、大丈夫?」

「うう、きもちわる……」

薄々こうなるとは思ってたんだよね……とは、言わないで置いたほうが良いんだろうな。旅先の間での電車移動の2時間、最初はアメ達と一緒に機嫌良く話していたサナちゃんが徐々に口数少なくなり、白熱していたカードゲームもいつの間にか抜けていて、珍しくお菓子を食べる手も止めてしまっていたのを僕は見逃さなかった。

とはいえ、この大人数の中でサナちゃんが具合が悪いと言い出すのは出来ないことも、人前で薬を飲むことで気を使わせてしまうこと避けたいのも知っていたので敢えて車内ではスルーして。

結論、サナちゃんは目的地までは耐えきったものの、降りた瞬間からトイレに転がり込んで数十分。胃がひっくり返ると散々泣いた後、今は駅の待合室の片隅で真っ青な顔をしてベンチに溶けていた。

気を使わせるのはお互いによくないから、とつばちゃんにだけ他の皆を先に観光に連れ出すように伝えて、僕だけがサナちゃんの背を撫でている。

まあ、皆サナちゃんの体調が代わりやすい事には慣れているだろうし、それを言い出さない性格なことも大方察しはついてるんだろうけど……。

「今からでも酔い止め飲んで。これ、酔った後でも効くやつだから」

「……ん……」

駅構内の自販機で買った水と、絶対こうなるって分かってて持ってた酔い止めを手渡す。前までならこれも多分突っぱねてたんだろうけど、いつもの返事で受け取ってくれる辺りは結構、あれから和解出来たんだなと思うとこんな状況でもちょっと嬉しい。残りの9割が心配なのは困りものだけどね。

「……開かない……」

「うん」

と思ったら、水のボトルを開けられなかったらしくて水が僕の手元に帰ってきた。

こんな時、以前のサナちゃんなら意地でも自分で開けようとしたんだろうなあ。

仕方ないな……という気持ちも入り混じりつつ、頼れられた実感をなんとなーく噛み締めながらボトルの蓋をひねる。

くきき、と小気味良い音で開封されたボトルを、半開けの状態でサナちゃんに渡した。ついでに薬もシートから外して渡してあげた。



一行は電車を降りた後軽く観光しつつ、夕食も各々で済ませて宿へチェックインしたのは日も傾きかけた夕方のこと。

サナ、つばさ、コエ、月都の4人、アメ、カン、きぃの3人、ルナ、ヘイヤ、ハルトの3人でそれぞれ3つの部屋を取った。

チェックインの時に受けた説明では人数的にサナ達の部屋が一番大きいらしい。ということで興味本位で揃ってアメ達の部屋と見比べて見れば、このひと部屋で全員寝れるんじゃないか? と思うぐらいには広い部屋でつばさは内心に驚いてしまう。後から料金上がらないよな……と少しヒヤヒヤしつつも、旅行シーズンじゃないのが幸いしてか、予約時に表示された金額はグレードの割には結構お手頃だったから文句は言えない。

チェックアウトになって実は正規値段だった時のの覚悟だけはしておこうと心に決めて、皆の背に続いて部屋に上がり込んだ。

「わー! ベタだけど定番がいちばーん! 宿って感じする~!」

「こういうの見ると旅行に来た感じがするよな!!」

旅館らしい綺麗な花柄の装飾があしらわれた布団カバーが部屋にずらりと並んでいるのを見て、申し合わせたように揃って飛び込むアメとカン。そのまま満足そうに転がっていく2人を、『こら、行儀が悪いぞ!』とコエが叱ってようやく二人が渋々起き上がる。その後ろでちょっと真似したそうな顔をしていたきぃがしょんぼりしているのを、つばさは見逃さなかった。静かに苦笑する。

「取り敢えず荷物整理して、早速温泉行っちゃいません?」

「そうだな。ほら、お前達も自分の部屋に戻って準備しろ」

話を切り替えるべく早速目的の温泉へと話題を移す。コエが頷いて、アメ達も一度自分達の部屋へと戻った。隣の部屋からベランダ越しにアメ達の楽しそうな笑い声が聞こえてきたのはすぐだったので、恐らく自分たちの部屋でも似たような事をしているのだろう。

恐らく自分が生み出した分身だからこそ、ふざけてる様子がどうも気になるらしい。コエがこっそり荷物を整理しながらに呆れた顔をしているのを見逃して、つばさも着替えや洗面道具を荷物から取り出した。


「おー、流石に広いね~!」

「まだ少し時間が早いからか貸し切り……かしらね?」

アメとその手を引かれたきぃが先陣を切って大浴場のドアを開けると、他に客の姿はない広々とした温泉が姿を現した。オフシーズンである事やまだ明るいうちに到着してしまったこともあり、一行以外にお客さんらしき姿はない。その条件が更にアメのテンションを上げたらしい。

「これなら泳いでもバレないんじゃね!?」

「バレるバレない以前にやめたほうがいいと思うんだけど……」

アメは勢いで振り返るが、真後ろにある呆れたきぃの顔を一瞥すると、納得した風に『まーそーだよね~』と一応に頷いて見せた。

しかし、その目は一切笑っていない。返ってきたのはきぃのため息だけで、他の一同も全員『絶対やる気だ……。』と内心に呆れを見せていた。

「泳げるかどうかは置いておいて、貸し切りの内に入った方がいいのは確かよね」

「そうですね、準備しちゃいましょう」

アメの奇行は兎も角として、サナの一声で早速、一同は着替えて準備が出来た順に浴室へと足を運び始めた。

衣服の多さの差なのか、単純に器用さの差なのか、置いてけぼりを食らいそうになったカンが慌てて一同の後を追う。

「わ、わ、待ってくれ……! っわあ!!」

「おっと」

瞬間、ぬめり気のある温泉の床に足を取られて、一瞬カンの身体は後ろ斜めに傾きかける。自身が飛べることも忘れて悲鳴を上げた瞬間、すぐ前を歩いていたサナがその背を支えるつもりで腕を伸ばした。

「わぁああぁ!!????」

が、その腕は背を回って、サナの指先がカンの脇腹を突く。丁度その位置は胸元へと伸びていて……結論、サナがカンの胸を触る形になっていた。カンは普段触られないような部分を触られた驚きから、慌てて悲鳴を上げながらなんとか体制を立て直す。結局転ばずに済んだようだった。

「あら、ごめんなさい」

「……の割には楽しそうですね……?」

サナはその様子に一応の謝罪はする。が、空いた指先は緩められ、その口元も澄ましているつもりだろうが密かに緩んでいる。

事故とはいえ若干楽しんでいる様子につばさは冷ややかな目線を送らざるを得なかった。



「向こう、にぎやかだねえ」

一方、壁一枚向こう側で既にゆっくりと温泉に浸かっていた男子3人は、そのカンの悲鳴がこちらまで響き渡る様子に揃って顔を上げた。なんとなくの様子を声色で察したハルトが苦笑交じりに笑みを零す。隣で並んで景色を堪能していたヘイヤもそれに習って頷いた。

「ルナ、そんな端でいいのか」

「君たちパートナーでしょ。割入る程野暮じゃないよ。景色も遠目で十分綺麗だし大丈夫」

そのやりとりの後違和感に振り向けば、まるで端と端とでも言うべき距離でルナが一人少し冷めたような、澄ましたような顔で湯に浸かっていることにヘイヤが気づいた。展望が売りの温泉でわざと影になる場所に座っている。手招きしてルナを呼べば、ルナは首を振って遠慮の様子を見せた。

……こういう所、サナに似ていて少し心配になる。サナ程突っぱねるような真似はしないものの、何処か打ち解けきれないというか、心を開ききらないというか……。

今はコエと名乗る昔のアメのことも重なって、旅行にまで来て不躾な遠慮をするのかと呆れも混じって眉を寄せてしまった。

「ルナくん、僕らも親友と旅行に来てて、それを気にするほどこっちも野暮じゃないよ」

「……そうかな」

「ああ、折角だろ」

そう言うとようやく、ルナが腰を上げて展望の良い方へと近づいてくる。

……サナ以外との距離の詰め方は案外下手くそなんだな……。と、ヘイヤとハルトは内心に呆れを秘めた。



「……サナ、待て」

一方の女性陣もようやく全員が温泉に浸かった頃。

1分と経たない内にこっそり浴場を出ようとするサナの腕をコエが引いた。サナはその行動に、一瞬険しい顔で浴槽内に座るコエの顔を睨む。

「のぼせるまでとは言わん。あと3分……無理そうなら2分でいい。折角なのに勿体無いだろう?」

「……え、ええ……」

「……転びでもしなきゃ溺れやしない、少し慣れてみてもいいんじゃないか?」

海で溺れた経験からお湯に浸かるのが苦手なサナを自分の隣に誘導する。少しでも克服させようという思いなのか、サナもそれに従って腕を引かれるまま腰を下ろした。少し緊張は見て取れるが、コエを振り切ってまで上がる程は拒絶もしたくないらしい。

「そうですよサナさん、元は取らないと~」

「……うん……」

つばさもさり気なくその隣に移動する。サナと温泉に入れるなんて滅多にない経験で、こうして肩を並べられるのは少し嬉しかった。

サナは徐々に慣れない感覚に落ち着きは無くしていったものの、2分ぐらい耐えて出ていった。

……まあ、普段がカラスの行水状態のサナにしては耐えた方だろう。

「アメ、あっちにあったサウナで耐久対決しようぜ!」

「よっしゃ、買ったほうが飲み物奢りだからね」

しばらくしてきぃも暑くなったらしく温泉を上がったところで、展望に飽きたらしいアメとカンがサウナを見つけてはしゃぎ出した。なんだか不穏なワードが聞こえてきたけど……ほっとこう。つばさは2人の提案を聞き流しながら、人が抜けて広くなった浴槽で足を伸ばす。

「アメ、カン、程々にしろよ。下手したら死ぬぞ」

「「はーい」」

そのはしゃぎようにコエも同じ不安を覚えたのだろう。一応2人の背に忠告はしたものの、揃って頼りない返事が帰ってくるだけでコエは深い溜息を吐いた。後ろで月都が遅れて苦笑する。その様子に同じ顔に自分の苦労を重ねているようにも見えて、どこも大変そうですね……という言葉を湯けむりと共につばさは飲み込んだ。



そこから5分もしない頃。のぼせたのだろう。鼻血を止めるためかティッシュを鼻に詰めたまま、真っ赤な顔でフラフラのカンがアメに支えられながら出てきた。

「く……血を……出しすぎたか……っ」

「鼻にティッシュ詰めながらカッコつけられてもなあ……」

何処からどう見ても千鳥足なのに、なんだか妙に嬉しそうに鼻血まみれになっているのが同情を全く誘わない。コエが言わんこっちゃない、という視線でそれを見送る。

……が、流石に見かねたのだろう。暫くしてようやく立ち上がった。

「つばさはまだ出ないか?」

「もう少し居ます、お先にどうぞ」

「のぼせないようにな。……月都、行くぞ」

あの惨状の後では気遣いたくもなるだろう。軽い気遣いに返事をしながら、つばさはコエと、それに誘われて立ち上がった月都を見送る。別にどうせ同じ部屋なんだし別々に行動してもいいのでは? とつばさは思うものの、月都もそれに反論せずすっと立ち上がる辺り、きちんと月都も従事を欠かさないのだろうと少し感心した。

「フルーツ牛乳ってまだ売ってるか?」

「そんな邪道よりコーヒーにしておきませんか?」

「いいや、断固としてフルーツだ」

……口での反発は凄いけど。月都も素直になれないタイプの人なのかもなと考えを巡らせつつ、ひとり、静かになった浴場の縁に上半身を乗り出した。

長風呂には自信がある。のぼせたことは殆どないし、長風呂が過ぎて拗ねたサナに浴室の電気を消されてもめげたことはない。

「この景色、堪能しないのは勿体ないですもん」

遠くに海を望む景色に、夕日が溶けていくのを静かに眺める。こんな贅沢を簡単に切り捨てるのは勿体ない。

……温泉であるという贅沢感と、宿代の元を取りたいのも相まってつばさは立ち上がる気は暫くなかった。

やがて、徐々に周りが暗くなってき、浴場も静かにトーンが落ちていく。夕日や浴場の明かりが湯に反射して……段々海に溶けるような感覚さえ覚えてきた。

その手足に落ちる波影に、サナとの出会いを思い出す。



「Checkmate!」

「負けたァ!!」

そこから数十分、指先がふやけてきた所でようやくつばさが温泉から上がり、散歩がてらに館内を歩いていると、通路の片隅に小さなゲームセンターを発見した。型落ちのクレーンゲームや音楽ゲームと並んで置かれたエアーホッケーでアメとサナが熱戦を繰り広げている。

ドヤ顔で華麗なシュートを決めつつ、ネイティブな決め台詞を放つサナ。圧倒的スコアを叩きつけられ、頭を抱えるアメ……。閑散期で良かった。身内ながらその場のシュールさにつばさは心から思った。

「サナさん、サナさん、あのぬいぐるみ取って~!」

「ええ、いいわよ」

「そこそこにしといてあげてくださいね……?」

そこにカンが駆け寄ってきてクレーンゲームを指差す。サナはクレーンゲームが破産するレベルで上手い。このままだとこのゲームコーナーが無双されてしまうかもしれない……。つばさはその後の気まずさを思うと焦るしかなかった。

サナがカンとついでにアメときぃへのぬいぐるみを獲得した後、アメとカンとサナを部屋に戻りがてら送り届ける。まだいけたのにね~と後で話す一行の様子に止めてよかったと心から思った。

その後はサナ達の部屋に10人揃ってカードゲームをする事になった。なんだか修学旅行の夜の過ごし方ですね、と言ってはみたものの、大人気ないぐらいの盛り上がりでこれまた白熱して、暫くして男性陣が部屋に戻ってからまた1戦。テンションの上がったアメとカンによる枕投げが暫く開催され、最終的には枕の巻き添えになったサナときぃも参戦した後、地元のチャンネルの再放送でアメがアニメを見始めたのをきっかけに各々で過ごし始めた。

コエと月都は二人で真剣勝負という事でカードゲームの再戦。きぃは電車の中でも暇つぶしにしていた刺繍の続きを始めていた。カンはゲームを持ってきていたようだが、もう眠いのか船を漕ぎ気味。

サナはタブレット端末とイヤホンを持って広縁に引っ込んだので恐らく音楽を聞くのだろう。つばさも本を持ってサナの反対側に座った。

少し嬉しそうにするサナと目が合って、お互い笑い合ってから手元に視線を落とす。

そうして静かに夜は更けていった所で、完全にカンが寝落ちてしまったのを見て、コエが「そろそろ寝た方がいいな」と呟いたので本を閉じた。もう日付も変わる。一同で頷いて寝る支度に入った。



結局敷かれていた布団をくっつけて、アメ達も同じ部屋で寝ることになった。今は起きたとはいえカンが寝てしまったのもそうだし、アメがその方が面白そうじゃん! と言い出したのをきっかけに肩を並べる。一番大きい部屋と言われただけあってそれでも窮屈さがないことにつばさは驚きつつ、やっぱり料金……と内心に怯える。

「……部屋分けた意味あります?」

「ところでこれ、バレたらどうするのよ?」

これなら二部屋の予約でもいけたな、なんて思いながらも状況に突っ込めば、きぃもこの状況に不安を覚えていたらしい。つばさの発言に続く。確かに、これって契約違反……って表現で合ってるか分からないけど、迷惑行為に近しい気もする。

「誰かバレないように魔法で誤魔化しといてよ~」

「頼むよコエ~」

その言葉にアメとカンが魔法での隠蔽を提案してきて、そのバトンはコエに渡された。コエは間違った魔法の使い方にため息を吐くものの、その色には仕方なさそうな笑いが混じる。

「……まあ、偶にはいいだろう」

「本当?」

「……こうやって肩を並べるのも悪くないと思ってな」

どうやら一緒に寝たいという気持ちはコエも同じだったらしい。頷いてから月都を振り向いた。

「いいか、月都?」

一応、月都はコエのお目付け役だ。ズルをするような魔法はどうせ止められると判断して先に聞いたのだろう。これは怒られちゃうかな、なんてつばさが思ったところで、月都もまた少し仕方ないという風に微笑んだ。

「私がやります」

「いいのか?」

「神越さんと珍しく同意見なので」

「珍しくとはなんだ!」

どうやらそれでこの部屋の総意は決定らしかった。差し出した月都の指先が光り、それが魔法を使ったことを証明する。旅館の人すみません。寝るだけなんでご勘弁を……。

「おやすみなさい」

そのまま月都が明かりを最小限に落としてくれる。各々、並んで入れるだけの布団に潜り込んだ。



暫くはこそこそとアメがきぃと話をしたり、狭い、もうちょっとそっちいけよ、お前がいけよ、というアメとカンの陣地のやりとりが聞こえたりしていたが、徐々に寝息に変わってきた頃だった。

睡眠を取る気の無いサナは変わらず広縁に座り、いつしかぼんやりと窓の外を眺めていた。いつもの徹夜する時のルーティンみたいなものだが、普段と違うのは全員がサナの目の届く所で眠っていることだ。サナにとって眠るのは魘されたり発作を起こしたりして苦手な事。相手が眠る姿も、起きてこないかもしれない不安に駆られるから好きな時間ではないらしい。

その光景を少し不安そうに眺め始めた視線に気づいたのは、温泉の時と同じくコエだった。

「サナ、寝なくていいから横になったらどうだ。隣空いてるぞ?」

「……コエは大丈夫? 狭くない?」

「勿論」

コエは布団の端を寄せてサナに手を伸ばす。サナも流石にこの中で一人起きてるのは不安だったのか、案外素直にコエの隣に身を滑らせた。

「…………」

「やっぱりまだ怖いか」

「……ん……」

しかし、その身体はどこか緊張を覚えているようで、コエはその身を寄せて宥めるように肩を叩く。優しく問えばサナは照れ隠しに顔を埋めながら頷いた。

「……すまない、私がもっときちんとお前を救えていたら……」

「ううん……違う。これはもう私の問題。私が向き合わなきゃいけないこと……コエのせいでも前の神様のせいでもないの。私が克服して付き合っていくべき問題……。だけど、寂しいのも辛いのも、無くなるわけでも変わるわけじゃないのも分かってるから、ちょっと身構えてしまうだけ……」

その様子に、上手くサナの運命を変えてやれなかったかつての神様としては、コエもやはり申し訳無さを感じない訳では無い。思わず謝ったコエの言葉に、サナは緩く首を振って否定した。サナに残った過去の傷もトラウマもサナ自身が願い、望んで残したものだ。サナはそれに向き合う覚悟も、そしてその傷を無視できない事実もしっかり客観視していた。

「その埋め合わせになるものなんて、これから幾らでも探せますよ、ね? コエさん?」

「……!」

「そうだな……。私達が幾らだって付き合うさ」

その話をこっそり隣で聞いていたつばさは、咄嗟に布団の中からサナの片手を握る。コエもサナの片手に指を滑り込ませ、布団の上に不安げに投げ出されていたサナの指先は2人にすっかり埋められた。

こうして旅行に来れたことだって、少し前のサナには考えられもしなかった事。……これから幾らだってその努力を支えることも、付けられた傷で空いた寂しさも、どうにでも埋められるに決まっている。その気持ちでつばさはサナに微笑みかける。

「……2人も神が居るなら心強いわね」

サナは呆気にとられたのか、普段は見れないような少し驚いた顔をした後、柔く、そして安心したように微笑みを返す。世界を作った神のコエと、世界を変えた神のつばさ。もう神ではなくなってはしまったとはいえ、その二人が握る手にようやくサナの緊張も少し解けた。

……瞬間。

「ストーーーップ!! 抜け駆け禁止ー!! そこだけいい雰囲気になるのずる~い!!! はいはいはいはい!! ただの堕天使もいま~す!!」

「わっ!!」

「起きてたか……」

その会話を聞いていたアメが飛び起きて、つばさとコエは慌ててサナの手を放した。サナもその勢いに押されてか、起き上がって困った顔で笑うしか無い。

「……僕も、と、友達として……!!!」

「ええと、ええと!! 私も、協力……しないことはないっ、からね!!?」

それに続いてカンも勢いで手を挙げて、きぃも慌てて起き上がる。月都も静かに頷いて、いつしか全員がサナを期待の目で見つめていた。

「……はは、もう……そういうの苦手なんだってば……お願いだから大人しく寝て! 部屋使ってるのバレちゃうわよ?」

「「「はあーい」」」

サナはその視線のプレッシャーと照れに負けて、枕に沈んでいく。一同、その光景に苦笑しながらまた各々の寝姿勢へと戻っていった。

……アメを除いて。

「おっ、珍しいガチ照れ頂きました!! レアショットレアショット!!」

「アメ、あんたは黙りなさい。その高級レンズを油性ペンで塗りつぶすわよ」

「ええ……辛辣う……」

持ってきていた趣味の一眼レフカメラをサナに向けるアメ。

サナの怒りが何万円もするレンズに向いた所で、渋々そのレンズは降ろされた。



「サナちゃん、家じゃなくても寝れた? っていうかちゃんと寝た!? 帰りも電車だし酔い止め飲んでおく?」

「ルナ、貴方はいつから母親気取りなの。……寝たわよ、少しは」

「……寝れたの!!??」

「……何なのコイツ……置いて帰りたいわね……」

翌朝、各々朝食を済ませて荷造りをして、チェックアウトをして宿の前に集合……。となったところで、サナがルナに尋問を受けていた。一部屋に集まって騒いでいた事もバレていないようだったし、予約時より支払いが大きくなることもなく支払いを終えて一安心して戻ってきた所で、つばさは苦い顔のサナと目が合う。

「……何かあったんですか、ルナさん……」

「城下での思い出話をしていたら、振り返る内に心配が勝ったらしい……昨晩からこの調子なんだ……」

どうやら、男子組が部屋に戻った後は幼馴染トークをしていたらしい。その内に皇女だった頃のサナの事を思い出し、そしてテロリストだった頃のサナを思い出し……何かスイッチが入ったらしかった。ヘイヤが呆れながらにつばさに耳打ちをする。その顔色から、サナさんが居ないのを良いことに色々語ったらしいのを察する。後ろでハルトも苦笑するしかない、という感じの笑みを浮かべていた。こらこら飲酒でもしたんですか18歳。

同タイミングで不安に駆られるところはどうにも双子らしいと言えばらしい。が、舌打ち混じりにサナが呆れる様子も理解らなくないぐらいには、ルナの挙動不審さは一晩でかなり増していた。

「さて、帰りの電車まで数時間ありますし、お土産見に行きましょう! ……ルナさん以外!!」

「え?」

「そうね、行きましょ」

まあ……なんだろう。その内落ち着くだろう。

つばさはそう判断してサナの手を引く。サナもしらっとルナの尋問を躱し、つばさと足並みを揃えて歩いていった。

「どっちが美味しい温泉まんじゅう買えるか競争!!」

「受けて立つ!!」

「……それどうやって判断するのよ?」

その後にアメとカンが揃って駆け出し、その後ろをツッコミ混じりにきぃがついていく。

「行くぞ、月都」

「はい」

その後をいつもの調子で歩くコエと月都。

「……ええ?」

そうして置いてけぼりを食らったルナが困惑の声を漏らす。

「心配無用ってやつだな、ルナ? 俺も人のことを言えた義理じゃないが、見守るのもひとつの心配の仕方かもな?」

「サナさんもルナくんの事心配してるんだよ、ああ見えて。大丈夫とは言い切れなくても、もう少し気負わなくていいんじゃない?」

「……そう、だね……うん、そうかも……」

その肩を仕方なくヘイヤが叩いた。続いてハルトが背を押して、ようやくルナもそれで落ち着いたらしい。

「でもあの二人に置いてかれるのは困るし、何より僕が嫌だ!! サナちゃん、つばちゃん待って~!!」

軽く頷いた後、一同の後を追う。

が、やはりそこにルナのプライドが見え隠れしているのはもう……ルナ自身の問題なのだろう。

「……色んな意味で相変わらずだよね、お二人……つばささん、大変そうだな……」

「そうだな……さて、俺達も行くか」

「うん」

その背を眺めながらに、ヘイヤとハルトは困ったように顔を見合わせてから歩き出した。



各々買い物を楽しんだのを最後に、また揃って電車で帰路につく。

道中撮影した写真を自慢するアメ、お土産の妙なデザインのキーホルダーを並べて越に入るカン、昨夜の決着がつかずカードゲームの続きをするコエと月都、音楽の作り方と衣装の作り方の類似点や相違点を並べて話すサナときぃ、その様子をチラチラ眺めるルナ、二人でも旅行に行きたいよねと思いつく限りの観光地を並べるヘイヤとハルト。

その様子をうたた寝混じりに眺めて、やっぱり計画してよかったなとつばさは振り返る。

その手に握られている携帯電話に会社からの着信履歴が3件残されていることを心の隅に引っ掛けながら、今だけはこの穏やかな時間を楽しんでいた。