明けの明星

距離を置こう、と言われたからにはそれに従うつもりで頷いたつもりだった。

自分の実力を試したい。と言った彼女の瞳は強く、その決意が大丈夫そうだ、と思ったから頷いた。

夕方、テレビを点けながらにテキストを開いていた僕の手は慣れた声に止まる。

向こうが実力を図ると言うのなら、僕もと選んだ資格試験の勉強は思うように進まない。

画面の向こう、その一挙一動に迷いは見えない。

明るい曲の向こう側に、恋の寂しさを歌った曲の力強さが目を引く。

激しく切り替わり、寄ったカメラにウインクを決める。

生放送の映像とは思えない、捕らえた動き。

通る声。

それのどれもが、遠い昔、遠い世界で誰からも嫌われた者が放つパフォーマンスだと誰が信じるだろう?

傷つかない為に手に入れた振る舞い。切り抜ける為に身に着けた身振り。

口下手な己を補う為に覚えた歌という意思表示。

それのどれもが、多くの傷で磨かれた宝石みたいに光っている姿は一等星のそれに見えて、文字通りスターになってしまったのだ、と思うと指先からペンが転がり落ちる。

こんな画面の向こうで声を聞く羽目になるなんて思いもしなかった。

冬の国の陽の落ちる速さは余りにも早い。

曲が終わる頃には部屋の中、煌々と光る明けの明星とテレビの光だけが僕を照らしていた。