今はまだ子供で

「ラケさんごめん、動けなくなっちゃった……」

「……? 今朝メンテしたばかりだろう、どれだけ使ったのだ?」

「…………」

昼過ぎ、サナからの電話を聞いて驚いた。

異世界から来た『神の所有物』である天使のサナは定期的な魔力の供給がないとその身体機能を維持できない。神が居ないこの世界で供給を得るには、魔法や異能が使えるものの側に居るのが一番良いらしい。という事で、暫く彼女の面倒を見ることになっていた。

そして、その供給のバランスを調整したのはつい今朝、数時間前のことだ。

アイドルとしての素質を試したい、と敢えて芸能の厳しいこの町でアイドルをしている彼女は、元から無理や無茶を好む性格らしい。たまにただでさえ足りない力をパフォーマンスの為に使ってしまう事もあってよく注意をしていた。

しかし、半日でエネルギー切れを起こすような真似は珍しい。流石にあいつも聡明な思考をしていて決して馬鹿ではないはずだ。何があったのか、と聞くつもりが、問い詰めたようになってしまったのか、向こうは気まずさに黙ってしまった。

「もしもし、ラケ?」

「ソコラタ、お前も居たのか」

「うん、同じ番組で。……サナ、熱出してて動けないみたいなの」

その電話を奪ったのだろうか、電話口の向こうでは片思いの相手、兼今は親友であるソコラタの声に変わる。つい集週間前に行き倒れたサナを連れてきたのも彼女だ。サナの存在をきっかけに彼女とは距離が縮まりつつあるから、ある意味でサナがこの国にやってきた事に恩は感じている……。が、今はそんな浮ついた事を言っている場合ではない。

「熱? 力切れじゃないのか。……今行く」

取り敢えずはサナを回復させる、という契約を彼女と結んでいる以上、理由は何であれ渋る必要はない。杖を振るってサナの元へと飛び、楽屋で蹲ったままのサナを連れて家に戻った。

***

「なんで今朝の時点で言わなかったかなぁ……」

帰ってからサナをベッドにぶちこんで、取り敢えず熱を測らせる。数値的にはそう高くはないが、元々身体が弱い奴がさらに弱っている状態じゃ動けなくもなるだろう。この国の気候は常に低く、来たばかりの身体では慣れがまだないのも要因か。端的に言えば風邪を引いたらしい。そしてそれを言い出せず魔法で維持して仕事をこなしたと。

「…………」

「別に怒ってないからな? まあするならそのままふて寝しておけ」

「ん……」

サナはその行動に飽きられている事に気まずさを覚えているのか、普段の口の巧さも忘れ、何も言い返さないまま布団に潜っていく。仕方なのない奴だなと思いつつも、その行動の端々に誰も頼れない生き方をしてきたのだと思うと責めようもない。

ふて寝でも休んでくれたほうがありがたいのでそのまま部屋の電気を消してやった。

すぐに帰ってきた短い返事は、照れがある時らしい、とつばさから聞いていたのでその返事が聞けてちょっと微笑ましくなってしまう。部屋を離れてから少し笑ってしまった。

***

「ん、ラケさん……? んん……今何時……」

「お、起きたか」

それから日が落ちるぐらいまで、サナはひたすら眠っていた。無理やり魔法で立っていた疲れはそこそこあったらしい。眠っている途中に魘される姿も今まで何度か見てきたが、数回起きるぐらいで特別取り乱すような事もなかった。完全な安眠が出来ないのは少し可哀想にも思うが、普通の人間でも熱ぐらいあれば眠りは浅くなる状態だろう。

「薬作ってきたから、」

その間に得意分野の薬の調合を済ませ、出来上がった薬の一包と水をベッド脇に置く。その瞬間に、布団から覗く顔が一瞬で不満一色に変わった。この数週間でこいつが子供舌なのは何となく察していたが、やはり薬嫌いだったか。調剤部屋の匂いも苦手らしく、他の部屋に比べてあまり入ってこないのも納得した。

「……苦手なのは解ってるが頑張ってくれんか?」

「魔法でなんとかならない?」

「ならない。無理に掛けるとよくないのはお前のとこの神も言ってただろう?」

自分で我慢できることは幾らでも耐えられる癖に、こういうところは弱いのだから、見掛けより余程にまだ子供だなと思うと微笑ましい。言い聞かせながら、調合の合間に用意したスープを手渡してやる。

「いきなり薬じゃ身体に悪いからな」

「……ラケさん、料理出来たのね」

「……100年ぶりぐらいだから味は保証せんがの」

自分のために料理をすることなど殆どなかった。サナが来てからの家事はサナ任せで、その楽さに身を預けてしまっていたからここ最近は更にキッチンの存在すら忘れていた。正直自信はないが、レシピの考え方は合っているはず……。

「辛っ……!」

「む、身体を温めたほうが良いかと思ったが、辛いのも駄目だったか……」

しかし、怪訝な顔でスープをひと啜りしたサナの肩は途端に跳ねるので、一瞬ドキッとしてしまった。どうやら良かれと思って入れた香辛料に驚いたらしい。作り直すか、と聞けば首を横に振った。

「いや、食べられない程ではないの。ちょっと驚いただけ」

「無茶するんじゃないぞ」

そう言いながらも咳き込むところを見れば、流石に風邪を引いた身には少し刺激の強いものを作りすぎたかもしれんと後悔する。が、サナは構わず匙を進める。

「ううん。平気……すごく、って訳でもないけど、素朴で悪くないわよ」

「……もしかして馬鹿にしてるか?」

「まさか。ただ、あまり人の作ったもの食べる事ってなかったから。いいわね、こういうのも」

確かにサナは店でも出せるのではないか、というぐらいには料理が上手い。料理に限らず掃除も手を抜かないし手際も良い。他が介入する隙を与えない、とでも言うのだろうか。確かに気軽に手料理を振る舞える相手には見えなかった。それに、育ちを聞く限り料理をしてくれるような相手も身近ではなかったのだろう。

「……私の気が向いたら、そのうち料理を教えてくれ」

「しょこたんに食べさせるには気が長いわよ、ラケさんの気分が保つかな」

「な!!!!」

そう考えると料理を作れる、ってのも羨ましく思ってしまった。少し努力するのも悪くないと珍しく思ったところで、思わずその願望を口にする。と、ニヤニヤと含んだ笑みでからかいが帰ってきて、思わずこちらが凍りつく。

「なんにせよ治ったらね、おやすみ~」

「おい、薬……」

思わず上げた悲鳴から逃れるようにサナが布団に戻っていく。枕元に置かれたままの薬は結局飲まないまま、布団の端を抑え縫い付けた。人間ではない身体の力ではどうにも剥がせず、まあここまで元気そうなら要らないかと諦める。この後容態が変わるようなら、魔法で無理やり縛り付けてでも飲ませればいい。

今は……緊急性がないなら面倒だ。

私の諦めを察知したのか、しばらくして警戒を解いたらしい寝返りを確認してから部屋を出た。