ファンタジカソング②
―― 小さいころに夢見ていた物語 ――
―― 変わってしまった『今』にさよなら ――
―― 見つからない虚像 待つばかりの競争 ――
―― 攫われた私の輝きはどこへ? ――
―― 君の笑顔で取り戻したい 忘れてたモノ ――
―― そうしたら本当の自分が 見えてくるのでしょう ――
―― お願いどうか 私の手を取って…… ――
透明感のある生地を重ね合わせたドレスが、光沢感を持って光を纏う。反射した光はまるでオーロラ。魔法で色付けられた空と、よくそれに映えるドレス、仰ぐように揺れるドレープ。
そのままステージ中をきらきら、くるくると華麗に舞うさらの姿に、つっことふりあはただただ、口をぽかんと開け『ほーっ』というセリフしか出ない程には感動していた。
今日はさらの課題ステージ、いわゆる定期テストの日だった。三ヶ月に一度ぐらいの割合で、歌唱科の生徒が全校を前に自分のステージを見せる日だ。主にステージ慣れする事を目的に、実践を重ねることでより良いパフォーマンスを得ることができる、とせりかが言っていたのを思い出す。それについて、さらはただ単純にイベントとして楽しいよ、としか言わなかったが。
そんな一大イベント様が次々と繰り広げられ、中には緊張して声すら出ない生徒、間違えて意味不明な物体を出してしまう生徒、魔法で見せる幻想が出ず、ただのカラオケと化してしまう生徒など……歌唱科としての魔法の難しさを物語る中、さらとせりかだけは、当たり前のようにそのステージをやってのけた。歌唱科の教授たちにも文句や非難はひとつもなく、特にさらは下手なプロよりよほど上手だ。と教授たちからコメントを貰っていた。もしかしたら在学中に現役アイドルデビューしてしまうのではないだろうか。
「はー、あんなの見せられると、さらは天才だったって実感するね」
「いやいや……最初からそうだったでしょ……でも、さらちゃん綺麗だったねえ~」
つっことふりあは並んでそうため息を付きながら、テストの会場だったホールを去る所でぽそりとぼやいた。
さらの(授業内での)天才性が『無意識の予知魔法』だとバレた今でも、「無意識に魔法を使い続けている」という部分で、魔法の地力において素質が認められ、それはズルではなく秀才の成せる技、という評価が続けられていた。マジカリストにとって、『予知魔法は絶対にできないこと、あり得ないこと』だったからだ。
それだけではない。予知魔法のほとんど関係ないステージ上でも、彼女の魔法が枯れる事はない。ある程度魔力が継続するという点では、さらは生粋の天才魔法使いだった。もちろん、これで寝たり、ダレたりせず、真面目に受けてくれればもっといいのだろうが……。『恐らく、それが魔力の維持に必要なのかも分からない』というせりかの言葉で、一応処罰を免れている。
「さて、あたしらも課題近いし、張り切って行きますかー」
「えー、私危ないのやだなぁ……」
さらの活躍に勇気を貰ったつっこは、拳をビシッ! と真上に突き上げて気合を高める。しかし、その高めた気合は、ふりあのゆったりとした無気力発言にあっさりと打ち消された。まるで泡がパチンと弾けたように唐突に。
「おま……それでも魅了戦闘科かっ!」
全力でカワイコぶったてへぺろを繰り出したふりあの頭を、コケがてらにその突き上げたばかりの拳で小突くつっこ。またここでも、突っ込みという名目で、一人の生徒の天才性が発揮されていた。
今日の魅戦科は先程の歌唱科に感化されたのか、やる気の湧いた生徒で溢れかえっていた。もともと歌唱科の魔法は、魅戦科の攻撃の増大や範囲拡大をする為に使われる事もある、支援・応援型の魔法が中心だ。そうでなくとも人の気持ちに同調する効果のある魔法なのだ、さらやせりかの魔法に魅せられた人がこれだけいるという……評価以上の『結果』がそこにはあった。
魔法を駆使し、『シネン』と呼ばれる霊や感情が、化け物と化した敵を倒す……魔族、魔法使いの総称『マジカリスト』の真髄とも言える、使命を抱えた『魅了戦闘科』の魔法使い見習い達は、出来たばかりの魔法の杖の腕試しが今日という事もあり、どうやらさらとせりかの活躍は魅戦科の生徒にとってかなりのエールになったようだ。
勿論、生徒のやる気が見られた教授もまた、普段はめったに見られないその光景に期待を膨らましていた。魅戦科担当、学園イチのイケメンで、文化祭に必ずやるミスターコンテストでも万年優勝……の妖精先生はその薄く透明の羽に気合いを入れ、ハチドリ並の羽ばたきを見せてホバリングしている。
「おっし、今日は全員出席で先生も嬉しいから、教科書課題じゃなく、オリジナル課題を出しちゃうぞ!」
そう意気込みを見せた妖精先生が、よろよろと重たそうに抱えてきたのは、移動スピードが速く、気配の少ない虫型のシネンが封印されたガラス球だ。マジカリストはシネン狩りの後、封印するには密閉された空間が必要で、このスターダー学園ではガラス球に閉じ込め保管している。
「コイツをどんな手段を使ってでも捕まえて狩れ、ただし完全にやっつけてはいけない。あと追っかけてる間に自分が壊した所は自分で修正魔法をかける事! ……も、もう、重いからっ、行くぞ!!」
ガラス球を体全体で支え、ぷるぷるしていた教授は、気持ち半分手から滑り落ちるような雰囲気で、そのガラス球を落とした。薄いシャボンのようなガラス球がカシャン、と軽い音を立て、地面の上にきらきらと散らばる。
それをスタートの合図に放たれたシネンを追い、生徒たちも思い思いの手段で飛び立ってゆく。
「つっこ!」
「よっし、今日こそ一位狙うぞふりあ!」
つっことふりあはアイコンタクトを交わすと、しっかりと手を繋ぎ、数歩の助走からの勢いで教室の窓から飛び立った。すぐにシネンを追う体勢に入る。まずは天使であるつっこの背からばさり、と白い半透明の翼が現れた。これが純粋な天使である証だ。混血や堕天使は色のついた羽根を持ち、その色が透けることはない。純粋な天使の羽根は、きらきらと光を反射して、美しい羽根を舞わせる。
ふりあはつっこに引っ張られるがままの状態から、出来たばかりの魔法の杖をするっ、と空に振りかざす。魔法の杖は魔力を込めることで、自分の思った通りの形状に変化するように出来ている。革命前にある天使の手で発明された武器の応用で出来ているらしい。偉人の知恵とは偉大だ。と自分が開発したわけでもないのに、教授が大威張り大興奮で言っていた。
ふりあはその杖に願いを込める。とりあえず、空を飛ぶもの……と、なれば、彼女が連想したのはひとつ。
「わわっ、ちょっと大きい、かな?」
「おま、空飛ぶ箒って……いつの時代の話よ」
元々あまり魔法のコントロールが効かず、まだ使い始めたばかりの魔法に慣れないふりあは、自分の身体に合わない程に大きな箒を生み出してしまった。ふらふらと飛び始めるふりあを後ろから支えながらも、苦笑気味に突っ込むことを忘れないつっこ。
「へっ……? そ、そんなに古い思考かな?」
「え? 改めて言われると……うーん……少なくとも一世代前の魔女っ子しか乗ってるのみたことないかな、他の生徒もまあ、自力で飛んでるしなぁ」
「ひええ、恥ずかしい…!」
ふりあは思わず顔を両手で覆う。おいこら、とつっこに怒られ、慌ててぐらり、と揺れた箒のバランスを取った。彼女は時々ちょっと発想に時代を感じるようなセンスを持っていて、それを指摘すると妙に恥じる傾向にある。その癖を指摘され、ふりあは恥ずかしがっていた顔から、真剣な顔にころり、と切り替えた。
「とにかく今はシネンを追うよ!」
「うん!」
つっこはまぁいいか、と小さく零すと、気を取りなおして翼を羽ばたかせる。結局箒のコントロールが上手く出来ないまま、つっこに引っ張られていくだけで、ふりあが自力で飛び回ることは出来なかった。
しかし、そのお陰で遅れはとらず、二人は全生徒の先頭に躍り出る。その先にいるのはさっき先生が放った、ハチにもトンボにも似た姿をしているマジカリストの敵、シネンだ。
「よしゃ! ふりあ、足止めにかかるぞ!」
「おっけー、つっこ!」
つっこがそう合図をかけると、二人は二手に分かれてシネンを挟み撃ちにするべく、上と下に飛び分かれる。
ふりあは慣れない箒の操作を諦め、魔力だけで宙に浮く。あまり魔力を多く使えない体質の彼女には、少し不利な状況だが、仕方ない。これも練習のうちだ。この先、さらのように常に魔力を消費していても平気、ぐらいにまで慣れればいいのだが……
『アワェット!』
箒から杖の姿に戻った魔法の杖を振りかざし、ふりあがシネンの前に空気を編んだ網を生み出す。網状に固められた空気のお陰で、ふりあの三つ編みを丸くまとめた髪が、その風圧に吸い込まれるように揺れた。そのまま網はシネンに向かって、動きを捉えようと広がりながら飛んで行く。しかし、シネンはそれを避けるように、ブゥンと耳に障るような羽の音を残して方向を変えた。
と、同時に、その動線につっこが飛び出していく。
「喰らえ、『ディルヒルア!!』」
つっこも出来たばかりの杖をぶんっ、と勢い良く振るうと、その先から炎を纏った渦が生まれる。やがてその渦がシネンを取り巻いた。炎系の攻撃魔法だ。足止めを兼ねて放ったそれが、シネンに絡みつく。
「さて、生け捕りにしちゃいますかね、じゃあ……」
つっこは小さく舌なめずりをしてから、シネンの前に手のひらをかざした。少しだけ悪い表情をしているつっこは、勇ましく見える。一呼吸置くと、つっこの両手の間に光の円が生まれた。魔方陣だ。
マジカリストが生み出す魔方陣でシネンを捕らえると、シネンはただのエネルギー体になり、小石のような結晶に変化して動けなくなる。これをマジカリストは『狩り』と呼んでいる。これを密閉された空間に『封印』し、天使が魔法で処理をすれば退治、シネンそのものの怨念を、説得や同調の魔法で打ち消すことが出来れば、成仏させた事になる。封印したままでも保管はできるが、その封印が解ける……つまりさっきの妖精先生がやったように、入れ物が壊れてしまえばまた、シネンは実体化して動き出す。
学園で管理しているシネンには特殊な魔法がかかっていて、もしも生徒全員がこのシネンを取り逃がしてしまっても、先生が追って処理できるようになっているが、普通のシネンは取り逃がせはしない、失敗の許されない使命でもある。その為、魅了戦闘科は他のクラスよりも少し授業期間が長い。その為、ちょっとやる気のない、できれば長く学生でいたいような生徒もたまに入ってくるので、今日のように生徒全員の出席は珍しい……と、言えばあの教授の張り切りようもお分かりであろう。魅戦科は野外授業も多いのでサボりやすいのだ。
シネンを捉える姿勢に入ったつっこは、魔方陣を展開し終えるとシネンに狙いを定めた。炎魔法に悶え苦しむシネンを撃ちぬくのは難しい。つっこの翼がばさり、と一段大きく羽ばたいて、つっこの手から魔方陣は離れた。
――が。
「あっ、つ!」
「つっこ!!」
緊張からか、展開が遅れた魔方陣がシネンに届き捕らえる前に、シネンは魔法を振り切り、逃げ出してしまった。つっこは散り散りになった火の粉を浴び、腕で顔を庇い、バランスを崩す。しかし回避しきれず、羽根に炎が当たってしまった。飛ぶ力を失ってしまったつっこは真っ逆さまに落ちていく。 それを追って、ふりあも急降下していく。だが、手を伸ばし、伸ばしても……つっこの指先にも届くことはなかった。
***
それはスターダー学園を知るよりもずっと前、つっこが十二歳ぐらいの時だろうか。まだこの世界のしきたりである、一人旅すら経験していないぐらいにつっこは子供だった。彼女は今まで普通の子供、普通の夫婦、の普通の娘として育ってきた、ちょっとやんちゃな女の子だった。
その前日の晩、ようやく一人で眠るようになったばかりのベッドで、自分が天界から来た天使で、魔法が使える事を思い出し、背中の熱い痛みと共に半透明の羽が生えてきた事を除けば、彼女は身体も心も……『人間』の子供だった。そう、今までは。
「いいよもうっ、皆あたしの事なんか信じてくんない癖にっ」
自分が天使だと自覚し、魔法が使えるのだ、と、突然そう言い始めた子供に妙な目線を送る親の元を飛び出し、彼女はその気まずさからいつしか帰る機会を失っていた。旅どころか今まで家出の経験もない少女に、家に帰らず手ぶらで生き抜く術は、いくら天使と覚醒したマジカリストの卵でも、持ち合わせているものではない。
子供唯一の世界である『家族に拒否される恐怖』と、人間唯一の世界である『生きるすべなく死んでしまう恐怖』を、まだ幼く小さな天秤にかけながら、ひとり、とぼとぼと夜道を歩いていた時。
「うわっうわうわっ……なに、なんだっ……!?」
目の前に黒い靄があった事に気付かなかった。気づいた時には靄の中、自分がどこに立っているかも分からない、真っ暗な空間。いつの間にか足が重たくなり、腕に何かが絡まり、身動きがとれなくなって初めて、彼女は良くないものに襲われている事に気づいていた。それがシネンという、呪いの存在である事に気づくのはずっと後なのだが。
「や…嫌…………さ、っ、ごめんなさい……っ、ふ、うう……」
じわじわと抜かれる生気と体力に、もう恐怖すら感じないぐらいに恐怖し、抜けていく力の中で家族に謝罪をし始めた頃……彼女の視界が、停電が明けた明かりのように急に開けた。そして闇が切り裂かれ、何かのギャアアァ、という叫びが遠くに聞こえ……
「貴女、大丈夫? もう平気よ」
「……はっ、はっ……あ……?」
目の前に現れたのは、一人の綺麗なお姉さんだった。靄を切り裂いた魔法使いの正体は……当時はまだまだ珍しかった魔法少女型のマジカリストだ。彼女はその闇を何やら丸い光で包み、靄は小さな石に変化した。炭のような、深くサラリとした黒の塊だった。
「あ、あり……がと……?」
「どういたしまして。もう大丈夫よ、こんな所をお嬢ちゃん一人でこんな時間に歩くには危ないわ」
そうして、呆気に取られたままのつっこの頭を優しく撫で、まるで心の中を見透かしたように、誰も怒らないから、家に帰るように。優しくそう声をかけてくれた。
「それじゃあ……ね、さ、行くわよ『ムクス』!」
彼女は召喚獣と思われるファンシーな小動物を肩に……地面を蹴りあげ、高くその場を飛び去っていった。
小さなつっこの心の中に、ひとつの希望を置き土産に。
***
がさがさがさがさ! という、勢いの良い木枝の音にかき消され、失われた意識が戻ったのはいつの頃か。つっこが身を起こすと、焼け焦げた翼を濡れたハンカチで丁寧に拭いてくれているふりあ以外、周りには生い茂った木しかなかった。
「あ、つっこ、だいじょぶ?」
「あー、すまん。ここは……学園裏か」
妙にすらっとした高さのある、不思議な木が延々と続くその森は、学園裏にある広大な学校の私有地だった。この間、さらが行方不明になった谷とは反対側。学校の私有地とあってまあ大して危険な場所ではないのだが、無駄に広い。そりゃあもう広い。とことん広大だった。しかも魔力を帯びた土地に影響された木は、幹が異様に長く、枝葉も広い。空を覆い尽くす木の葉は、飛ぶ者を拒絶するようだった。
「この羽根じゃ、飛んで確認するにも木が邪魔……以前にそう高くは飛べねーな……方角、わからん……」
「ごめんね、何度か私も確認しようと思って飛んでみたり、方角検知してみようと思ったんだけど……その、魔力があんまり」
「しゃーないしゃーない、ふりあはあんまり魔力に余裕ないから無理しないでいーよ」
つっこはしょぼくれながら、いいよいいよ、と諦めの色を見せながらひらひらと手を横に振った。こうなってしまえば仕方がない。さらみたいに行く先がわからなくなったのとは訳が違うので、助けを待つしかない。幸い、そう気を失って時間も経過していないみたいだし、明るい内になんとかなるだろう。悩んでもしょうがないのであっさりと考えざるを得なかった。
つっこはとりあえず、近くにあった倒木に腰を下ろした。手持ち無沙汰に羽を出来るだけ広げて、焼け焦げた羽根をぶちぶちと乱暴に毟る。幸い、綺麗に焦げているせいで引っこ抜くのに痛みは生じなかった。その根本の傷も深くはなかったが、範囲が大きく、癒えるまでにはちょっと時間がかかりそうだ。治癒魔法の得意な生徒をちらほらと思い浮かべ、誰かに治癒を頼もうかとやんわり考える。寮母のおばさんかな……。
「治る?」
その様子を見たふりあは、つっこが難しそうな表情をしていたのをどうやら不安だと思ったらしく、そう静かに聞いてきた。
「いや、この程度なら二~三日で羽ばたくのには問題なくなるよ、ただ癒着してきたらかなり引き攣るかもだから、誰か治癒の得意な人に手伝って貰おうかと思って」
そう告げると、ふりあの表情は少しだけ明るく緩んだ。その表情を見て。つっこも柔く微笑む。
「あ、召喚科の先生が結構治癒が得意だって聞いたよ、後で訪ねてみようか?」
「召喚科が…? 意外だなぁ……まあ、ちょっと怪我とか多そうだよね。ドラゴンとかに噛まれそう……とりあえずは寮母さんに聞いてみて、ダメっぽかったら訪ねてみてもいいな」
ははは、と二人で笑いあう。その声が森林の木間で響きあい、少しだけエコーがかかって返ってきた。二人はその声に笑顔から一瞬、肩をすくめる。
「……ぶ、不気味な森だなここ」
「……そうだね…ね、とりあえず、あっちの明るい方に行ってみよっか?」
その不気味さに耐えられず、つっこは冷や汗を拭う。ふりあはつっこの腕にしがみつくと、少しだけ木が少なく、明るく見える方向を指さした。下手に動くのは逆効果だと知りながらも、つっこもその気味の悪い空気が少しでも癒えれば……と思い頷いた。サクサクという短い草を踏む音すら、しーんとした森の中では……少し不気味な足音だ。羽根を消したつっこは、ふりあの肩を抱き寄せるようにしながら、なるべく静かに足取りを進めていく。
「……つっこは」
「ん?」
また突然にふりあが口を開く。不気味な静寂に耐えられない故の、思いつきの質問だ。
「生まれる前……っていえばいいのかな、天使の使命を貰う時……怖くなかったの?」
「あぁ……そうだなー……どうせ思い出すのはずっと後で、それまでは普通の人間として過ごすんだし、そもそも死ぬ前は人間だったんだし……とか、軽い気持ちでいた。でも天使だって思い出した時は……自分が人間じゃなかった事が怖くなったな。すぐ馴染んだから今はなんとも思わないけど……」
そうやってつっこはへらり、と情けなく照れるように微笑んだ。
つっこを初めとしたこの世界の「天使」は、一度死んだ人間が天界に招かれ、神様の元で天使として新しい姿と使命を得る。そして、その中でマジカリストの使命を持った者は人間の身体を得て、この星に『生まれ直す』。幼少期までは身も心も人間として過ごすが、少年期から青年期の間に自分が天使である事と、魔法の使い方、羽根の存在を『覚醒』する。
「親は魔族の知識がない人だからさ、あたしが天使だ、って事とか、成長が遅い事とか……受け入れてもらえなかった。今思えばそっちの方がよっぽどこえーや。今でも実家に帰ればよそよそしくて。実質、頭おかしい奴扱いだしな」
「……それは、悲しいね……」
ふりあは自分のことのように、泣きそうな顔を見せた。つっこはふりあの頭をそっと叩く。
「……マジカリストがこの世にどれだけいるかを考えると、あたしは全然不安じゃない。それより、それを受け入れられない親が可愛そうで仕方ないよ、あたしは」
そう呟きながら、つっこの目線はどこか遠くにあった。
天使の魔力がどこかで関係している能力者や天使そのものは、いわゆる青年期の時間が長い。特に見た目では実体年齢より見た目が若い場合がある。魔族に明るくない人間のつっこの親は、それを少し、気味悪がっている様子があった。つっこはそれを受け入れられない親を、少し悲観している。つっこ本人には悲しい事などない、魔法が使えることは豊かな事だった。しかし、それが理解出来ない家族との温度差。つっこはそのすれ違いそのものを、ちょっと哀れむ気持ちでいた。
今の時代……と、いうより、実質的に魔族は昔から珍しくない存在のはずだった。昔は魔族狩りや、迷信を信じやすい人間が多く、素性を隠すマジカリストが多かったからその実体が見えないだけで。つっこの親はその中心的な世代。
「ま、いつか見返してやるんだ、昔あたしを救ってくれた魔法少女みたいに、魔法が悪くないものだって教えられる人になりたいから。あたしは助けられてなければ、きっとまだ魔法が使えることを後悔してたと思うよ。使い方で良くも悪くもなっちまうから……良い使い方をせっかくこの目で見たんだから、伝えていかないとって、ね!」
「つっこ……」
つっこは言葉の最後にウィンクを決めて、ふりあを抱き寄せる。心の内を宣言しながら、まっすぐと未来を見据える彼女の顔は、とても格好良い。ふりあはそっと目を細めて、その姿に見とれた。希望に溢れた姿というのは、誰でも美しいものだ、とふりあはこの時……いや、いつも思っていた。もちろん、同じく魔法少女に憧れ、それ目指すふりあ自身も、キラキラしてこその「魅了戦闘科」の生徒だ。彼女はそうゆう信念を秘めて、強く頷いてみせた。
「ね…これ、やばくない……?」
「かも……な……」
そんな、普段は小恥ずかしくてしないような話に浮かれながら歩いていると、二人はいつの間にか薄気味悪い場所に辿り着いていた。木が少なく明るい方向を目指し、開けた場所に辿りはついたのだが……木の途切れたその場所にあったのは、半壊の小屋。何かの廃屋だった。
二人が感じ取る妙な気配からは、複数の幽霊か何か……良く無いものを感じる。それもそのはず。ここは校内でも有名な心霊スポットだったのだ。毎年面白がって、まだ能力の半端なマジカリスト生徒が足を踏み入れ、治療ドジの保健医が待ち構える保健室送り、校長先生の呼び出し、反省文の提出という、『めんどくサン項目』を食らう……ある意味恐ろしいスポットのひとつだった。
そんな事実を知ってか知らずか嫌な予感を感じた二人は、その廃屋の手前で立ち止まって青ざめた顔を見合わせた。恐る恐るアイコンタクトだけで撤退の合図を送ったつっこに、ふりあは了解、と小さく頷ずく。
心の中でいっせーの、をして呼吸を合わせ、一緒にくるり、と後ろを振り返った――――はずだった。
瞬時にふりあの姿が視界の隅から消え去り、つっこは慌てて肩に付くか付かないかぐらいの髪を翻しながら再び振り向くと、そこにいたのは大蛇の姿をした、超大型のシネンがいた。ふりあにぐるぐると取り憑き、ふりあの自由を奪っている。
「ふりあ!!?」
「つっ、つっこ、逃げてぇ!」
手の届かないような場所まで首を持ち上げた大蛇に、ギリギリ……とふりあは締め上げられ、つっこは思わず腕を伸ばして叫んだ。ふりあは、構わずつっこに逃げるように言うが、さすがに襲われている友だちを放っておくほどつっこは決意の薄っぺらい女ではない。
「でぃ、ディルヒルア!!」
とりあえずシネンの気が引ければ……ふりあを取り戻して逃げる事ぐらいはできるだろう。自分はきちんと魔法の授業を受けている、半端な能力者ではない……そう心に言い聞かせながら、つっこはさっき失敗したばかりの炎魔法を放った。
しかし、大蛇のシネンは、硬い鱗でその炎を跳ね返してしまう。痛くも痒くもない、という表現そのままに、つっこの心底自身の無い魔法はスルーされてしまった。心を具現化しなければならない魔法の厳しさが、つっこの心に刺さる。
「くっそ……『ルトアグレイズ』!!」
再度、さっきより強めの衝撃波を浴びせる。強い魔法故に、つっこが握っている杖から伝わる「魔法の反動」も強い。腕がしびれ、逆流してきた魔法が自分へのダメージになる。それはさっき空から真っ逆さまに落っこちた時に強打したのであろう肩にじんと響いた。
「いっ……っ…」
しかし、大蛇にはそれも効かなかったらしい、するすると肌を滑らせ、更にふりあを拘束する。ふりあは締め付けられる苦痛に、女の子らしく小柄で可愛い顔に似合わない苦しみを浮かべていた。シネンはどうやらふりあを餌に取り込み、魔力の強化を図っているようだった。シネンは魔力を放っている者を嗅ぎつけて取り込むことで強いシネンになる、といつだかに授業で習ったのをぼんやりと思い出す。
「ね、いいからにげっ、てっ、つっこぉ……っ!!」
「いや…だ、さっきも言っただろ、あたしは……人を救うために魅戦科に入ったんだ! ふりあを取り戻すまで逃げたりなんか絶対しない!」
もう助からないから逃げて欲しい、と告げるふりあの言葉を振りきり、つっこは大蛇に向かって駆け出し始めた。魔力が切れ気味のふりあが、自力で助かる事はまず不可能。魔法も効かないとなれば、もうつっこには物理的な意味での体当たりしかなかった。
そんなつっこに容赦なく、大蛇の尻尾が振り下ろされる。風を切ってブゥンブゥン、という恐ろしい音がつっこの耳に飛び込んできた。つっこは持ち前の機敏さでなんとかそれを掠めながらも避け、大蛇との間合いを詰めていく。
「アワェット!! インクラ!!」
残りの魔力を防御に費やし、ようやくつっこは大蛇に全力で体当たりをぶつける。勿論、魔法を跳ね返すような硬い身体の化け物に、ヒトの体当たりは致命傷などではない。しかし少しでもバランスを崩して油断すれば……少しは力も緩んでくれるだろう、そこに魔法で麻痺でも、なんでもさせられれば……つっこの頭の中はそれだけで沢山だった。
そのことだけに夢中で、いつしか防御の魔法も忘れ。
「――しまっ……うぐっ!!」
体当たりで油断したのは、つっこの方だった。大蛇が尻尾の先でつっこの身体を締め上げ、ふりあと同じく、空中で絞られるような姿勢になる。ぎりぎりと身体の悲鳴と、霞んでいく視界。飛びかける意識の中、つっこは唯一自由だった片腕でその大蛇の鱗に爪を立てていた。
――くそ、くそ、友達一人も守れないのか、あれだけさっきまで恥ずかしく夢を語っておいて……確かに映画の登場人物なら、一番最初に死ぬ奴のセリフだったかもしれないけれど……――
ふりあが何かを叫んでいるが、気が遠くなり理解ができない。もやもやとした悔しさ。滲む視界。頭の中に、ふと昔のことを思い出す。
そう、あの日。名前も知らない魔法少女。今じゃ大した敵でもない中レベルのシネンに襲われた、情けない子供時代に助けられたあの日……誰かを守る事の素晴らしさを体感したあの日から……自分が持っている魔法の力が怖いものじゃないと気づいたあの日から……魅戦に憧れて突き進み続けてきたあの日から……
今、なぜ何も変わらないのだろう。ふりあを狙った敵そのものよりも、それがすごく、つっこにとって腹立たしくて悔しかった。なぜ、何故、勝てない。気持ちはこんなにも高ぶっているのに、魔法がついてこない。
何を習ったっけ? ……いや、ちがう。習っていない事を、習った事から引き出さなきゃいけない、さらのように。自分にも出来ることがある。自分にしかできないことがある。才能だ。大した才能がない自分にも何か。天使なのに、と思っていた自分を――
つっこの頭のなかに、とある一文が思い浮かぶ。それをきっかけに、つっこの頭のなかは後悔も怒りも忘れ、一瞬にしてクリアになった。
「……ふりあ……、さらが読んでた「うたごえ」に目を通したこと、は……?」
「えっ……、あ、うん。ちょっとだけ……さらちゃんに借りて……」
つっこは必死に先ほどまで爪を立てていた腕を、めいっぱいにふりあの方向に伸ばした。幸い、ふりあも腕だけは自由な状況だ。
「あの、本の中っ……に、天使と能力者がタッグを組んだ話があった……合わせ技……だ! ふりあさえ良ければっ、パートナーに…!」
さらが読んでいた「うたごえ」という本。ひとりの天使がひとりの能力者少女と出逢い、神様が自分のエゴで押し付けた運命に抗う、という天界革命の前に『誰か』が書いた話だ。その中に書かれていた、「天使と能力者の人間が組むことで発揮される能力」を、つっこは思い出していたのだ。
「……うん、わかった、つっこの為なら!」
ふりあは二つ返事でその言葉に了解すると、つっこと同じように必死で手を伸ばす。『心が通いあった二人が触れ合う時、きっと魔法は成立する……』そんな一文がそこにはあった、気がする。
「ぐっ……」
しかし、大蛇が暴れに暴れている状況、更に締め上げられていく状態……二人の指先はすれ違い、掠め続け、なかなか触れ合うことが出来ない。そんな中で、薄れかけている意識でぼんやりと、つっこは必死に顔を歪めたふりあを、美しく、かっこいい……という場違いな感想を抱いていた。
それが願いに変わったのかは分からないが、ようやく二人の手が祈りとともに届く。ぱしん、という音の後、先ほどの魔力の反動とは違う痺れが、つっこの腕に伝わってきた。今までに感じたことのない魔力の感覚……魔力の根源が感情であると改めて感じさせられる、希望に似た明るい……なんというか、陽の光の肌触りのようなものを感じた。
と、同時にその魔力の流れに戸惑ったのか、大蛇のシネンは急激にぐねぐねとのたうち回り、ぽろりと二人を解放する。ぽいと宙に放り出されたつっこは慌てて翼を羽ばたかせ、ふりあを抱き上げて宙に飛び去った。
「ルトアグレイズ!」
大蛇の頭上から急降下しつつ、先ほどよりも威力を増した衝撃波を叩き込む。今度は跳ね返される事なく、大蛇の腹に攻撃がのめり込んだ。そのタイミングを見計らって、つっこはふりあを抱きかかえていない方の腕で、魔方陣を浮かび上がらせる。しかし、普段両手で扱わなければいけないものなので、大蛇を捕らえられる程の魔方陣を出すことが出来ない。これでは勝てない、と心の内で呟くとともに、片眉を歪める。
「ふりあ?」
「えへへ、パートナーなんだから当然! でしょ?」
と、思ったのもつかの間、ふりあがもう片手を差し出し、二人の魔力を込めた魔方陣は特大の大きさになって浮かび上がる。ふりあは元々魔方陣を出すのが苦手だった。そこにはシネンを捕まえる事への、哀れみや恐怖が絡まり、彼女はその弱さをコンプレックスに悩んでいる日もあったぐらい、彼女は狩りが苦手だった。
「……うん、ありがと、さ、行くよ」
「うんっ!」
彼女の想いも共にある事を行動からも実感したつっこは、泣きそうな笑顔で柔く微笑む。ふりあは今までに見たことがないような、ぱっとした明るい笑顔で頷いた。
二人で狙いを定め、魔方陣を放つ。強い光を放って大蛇を捉えたそれは、大蛇の叫びを残して、シネンを封じる。最後の足掻きか、大蛇の叫びが森中に響き、森に住む烏達がばさばさと飛び立つ。鳥の群れが、一本の曲線を夕焼けの空に描いていくのが見えた。
それがサインになったのか、どうやら二人を探していた先生達も二人を見つけることが出来たようだ。ふいに遠くから二人を呼ぶ声が降ってきた。つっこはやったな、と声を上げながら、腕の中にいるふりあに笑いかけようとして……ずしり、とその腕にかかる重さと、気配が急に変化したことに気がつく。
「ふり、……あ……?」
慌ててつっこは自分の手元を見て、その光景に自分の目を疑った。
どうやらつっこと共に能力発揮したことで無くなりかけていた魔力が尽き、疲れから気を失ってしまったらしかった。……が、問題はそこではない。背が小さく小柄で可愛らしい、ふわふわしていて、でも芯はしっかり、そしてちゃっかりな『女の子』を……――確かにふりあを抱いていたはずのつっこの腕の中には……ウェーブロングをサラリとなびかせた、『女性』が眠っていたのだから。
***
「ごめんなさい……」
寮に戻り、寮母でありマジカリストのおばさんに魔力を補う為の治癒をかけてもらって、二人は部屋に戻った。『ふりあ』はちょんっ、とベッドに腰掛けるが、その姿はもう『ちょこん』とはしていない。
「私、能力者の血が薄くて、成長が人間並みで……でも、『オトナになっても魅戦やりたい!』って気持ちが全然消えなくて、魔法『少女』になりたくて……でも、魅了戦闘は、年齢制限厳しいから……この学校に入学できる年齢まで、自分に魔法をかけたの……魔力があんまり保たなかったのも、シネンが魔力を嗅ぎつけてきたのも……常に魔法を使っているせいだったんだと思う……」
『ふりあ』の声は、泣きそうで、か細く震えていて、すっかり大人の女性でしかない今でも、その雰囲気はまるでか弱い女の子にしか見えない。だからこそ、つっこはどうして黙ったいたのか、とか、校則違反になるから出て行かなきゃいけない、とか……そんな突っ込みができないでいた。思い返せば、彼女の盲目的な魔法少女への憧れ方や、たまに見るちょっと時代を感じる発想のセンスには、大人の目線があったような気がして、つっこは心底、なるほど、と納得してしまう。
「……ふりあ、あんたはあたしを、騙してたってわけじゃないんだよな?」
それでも聞かなきゃいけないと思ったことを、つっこは素直に口にする。ふりあを信じて……いるつもりなのだが……疑うような、はい、と答えられたら困るのに、口が勝手に喋ってしまったかのように。これも魔法なのかと疑うぐらい、自然に出た、残酷な言葉。
「ちがう、それは……違う……。私は……っ、私っ……ひっ……わ、たっ……」
「……ごめん、責めてるわけじゃないんだ、ふりあ……」
ふりあはその残酷な質問に堪え切れず、堪らず泣きだしてしまう。そんなふりあの姿に心が痛み、つっこはふりあを優しく抱きしめた。髪を梳くように撫でながら、まるで子供をあやすように背を叩いた。
「あんたは、誰よりも魔法少女らしい魔法少女だった、今まで先生たちにばれなかったのもそういう信念があったからだよな……でも、バレちまった以上は……」
つっこは静かに首を振る。ふりあは小さく声を出した。
「ううん……本当は、わかってたの…私に、才能はなかったって……それでも、楽しくて、やめるって、言い出せなくて……! でも、一緒に戦えて、それで、ルームメイトにもパートナーに選んでくれて、能力発揮して……嬉しかったの、襲われていたのに……つっこが王子様みたいに見えて、あのかっこいいつっこが、今ここにいてくれるなら、私あそこであのままシネンに呑まれても、良かったって思ったの……。おかしいよね。つっこがいなければ私は魔法を開放して、この姿でシネンから逃げれたかもしれないのに、つっこがいるから死んでもいいとか……つっこの夢を踏みにじるような事を思っちゃったの……」
涙を浮かべながらもへらっ、とした笑みを見せつふりあに、つっこは再度胸が痛む。後に調べてみると、あのシネンは執念の気持ちが化けたシネンだった。悩みながら、自分は才能がなくて、足手まといなのがわかっていながら、あこがれと戦いへの意気込みが渦巻いていた彼女の気持ちに、シネンは同調したのだろう。だからこそ、取り込まれかけたのだ、ふりあは。
それだけ彼女がふわふわした顔をしながら悩み続けていたのを、気づけないでいた。同じ憧れで始まった気持ちだというのに、こんなにも差がついてしまっている事がつらい。ルームメイトとしても、パートナーとしても。友達としても、誰かを救うヒーローとしても……この結末はつっこにとっての、とんでもない赤点だった。
「うん、でも、もういいの。夢はいつか醒めちゃうものだよね……、もう殆ど魔力は使い切っちゃったし、このまま老いてくだけなんだから……」
それだけ言うと、ふりあはすっ、と立ち上がった。部屋のドアに手をかけ、呆然と椅子に座ったまま、絶望に顔を歪ませたつっこを振り返る。
くるりと、可愛らしく、一度だけ。大人っぽく長い髪を翻して。
「おはよう、さよなら、つっこ」
***
―― 雪の降る街に 走り去る君の姿 白い息を繋いで ――
―― マフラーにかかる 髪の毛の弛みに 手を伸ばしてみるけど ――
―― 君は振り返ることなく 僕の目の前を 通り過ぎる ――
さらとせりかの歌声が、校舎の上にのびのびと響いていく。校舎の屋根をステージに舞う二人の声は、冷たい花弁となって、空を暴れ回るシネンの行く手を阻んでいた。
―― 僕の歪んだ声が 君の耳に届く日は もう来ない ――
―― 君との距離は縮んだんじゃない なくなってしまったんだね ――
―― それでも振り返らせてみせるよ もう一度やり直そうって言える ――
―― ねえ 元に戻ろうなんて言わない 新しいスタートラインに立とう ――
「アワェット!!」
その花弁に触れ、足の凍りついたシネンを取り囲むように、つっこは空気を固めた網状の魔法を展開させる。完全に逃げ場を失ったシネンに、つっこはくるくると軽快かつ豪快な舞いを見せながら、杖を振りかざした。さらとせりかが放った花弁の魔法がつっこの振りかざす魔法の杖に当たる。雪の結晶がキラキラと輝きながら彼女の周りを取り巻いた。
「ディルヒルア!」
凍りついた杖と、彼女の周りを舞う雪の結晶、そして氷の花弁……全てを溶かすようにつっこが炎をぶわっ、と一気に放つ。すると、氷に炎が反射し、次の瞬間には蒸発して消え去る……なんとも幻想的なエフェクトを纏ったとどめになっていた。
その光を追うように羽ばたいたつっこは、素早く魔方陣でシネンを捉え、『狩り』を行う。小さな石の形へと化したシネンのエネルギー体をがっちりと拳に掴むと、つっこは学園管理用のガラス球にそれを封じ込め、二人に親指とウィンクで成功を伝えた。
さらとせりかも顔を見合わせ、抱き合いながら喜び、さらがピースサインを返す。
「つっこおつかれ! やったね!!」
「おう!」
ふわり、と校舎の屋根に降り立ち、すぐに翼を収納して、達成感に微笑むつっこにさらは駆け寄り、パチン、と軽快なハイタッチを交わした。さらはそのまま駆け戻って、せりかとも飛び跳ねながらぽんっ、とハイタッチを交わす。と、さらは満足気にくるり、と笑顔でつっこを振り返る。
「で、さっきの魔法はふりあプロデュースなの?」
「うっ、ばれたか……」
つっこはその指摘に苦い顔をしながら、がくりと肩を落とした。からん、と手にしていた杖が虚しい音を立てて足元に転がる。
「つっこがあんなくるくる踊る、みたいな動き考えるわけないもーぉんっ」
「くっそー! そんなに言うなよ、ちょっと恥ずかしいんだぞあれ! 『魅了』戦闘なんだからいいんだよ!!」
ニヤニヤと笑みを浮かべたさらに、つっこはぽかぽかと、小突きを食らわせながら言い訳を叫ぶ。そのやりとりを少し離れてた所から見ていたせりかも、くすくすと微妙に吹き出した。
「あー! せりかさんまでーー!!」
「ご、ごめんなさい? でも今日も一位確保ね」
せりかは申し訳無さそうに謝りながらも、絶好調でスピードクリアしたつっこを褒め、ふんわりと微笑んだ。つっこはぷんすこ怒り顔からへらっとしたにやけ顔になると、ばっちりVサインを見せつける。その表情は完全なドヤ顔。
「ま、ある意味完璧なチームプレイだったよな、私たち『4人』は、さ」
あの日ふりあはつっこと縁を切る覚悟で寮を飛び出した。が、すぐ後につっこがふりあを引き止め、先生たちに、なんとか続けられないか、と訴えたそうだ。……それは叶わず、校長からの直々な判断もあって、ふりあは結局学校を辞めざるを得なかった。やはり魅戦には適齢というものもあるし、魔法で誤魔化して続けるには、身体的にも危ういものがある……との事だ。
しかし、それと同時につっこも寮を出てしまい、二人は今、学校近くの一軒家で一緒に住んでいる。つっこはそこから毎朝、傷を負った翼のリハビリも兼ねて飛んで登校して来ている。
学園の生徒対象外の大人である事がバレたふりあは、魔法少女を諦めた。しかし魔法少女を対象とした保険の会社に勤めている。前から魔法少女に関する法律が不十分で手厚くない、と思っていたらしい彼女は、魔法少女の地位向上を訴えながら、つっこの魔法プロデュースをするという………なんだかあのふわふわしたふりあにしては、小難しい事を考えていたことに衝撃を受けたと同時に、それを実現していて、さらは『大人だな……』と思ってしまう。
授業でのパートナーを失ったつっこは、特進扱いで一人戦の別講習を受けており、歌唱科の特進、つまりさらとせりかと、こうやってたまに共闘をする事があった。ふりあが考えた魔法を使いつつも、しっかり成績を伸ばしている彼女は、魔法少女になりたくてもなれなかったこの世界の人々の想いも背負い、特進にふさわしく育っている。
これは学校も認めているようで、授業に出られないながらも、まだふりあの名簿や通信簿は残されている。ふりあは、魔法を失った今もまだ、つっこの良きパートナーだ。
「さて、そろそろ授業も終わるかな」
つっこはそういって、指輪型ホログラムの時計を確認し、校舎の屋根からふわりと飛び降りた。校庭にはシネンゲットにバテた生徒がちらほらと座り込んでいて、一位ゲットのつっこを羨ましそうに眺めている。
「つっこー! 今日ふりあん家にー、いってもーいーい?」
その着地と同時に、さらはつっこに屋根から話しかける。今日はさらも放課後に用事がなく、久々にふりあに会いたいな、と思い立ったからだ。さらが叫んだ言葉は意外と大きく響き、校庭に少しだけ反射してしまった。さらは思わず肩をすくめる。
「だーめ! 魔法の反省会があっから!!」
しかし、その思い付きは、つっこの眩しい笑顔に押し返される。つっこの声はさらよりも大きく、微妙なエコーを残した。つっこはそれに驚くこともなく、むしろ満足そうに笑っている。
「もちろん二人きりでやるから外野はナシだぜ! なんてったってあたし達はパートナーだからな!!」
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