白の記憶

アメと離れた存在となり、人間として此処に残る。そんなカンの決意を見届けた夕日の差す公園の中、存在を書き換えられていくカンの側でサナは静かに口を開いた。

「無茶しすぎよ、アメも、カンも……コエ、貴女自身も……干渉が過ぎると裁きを受けるわ」

「大丈夫さ、私は、神様だから……この後、永遠の時をひとりで過ごす神様。これぐらいのお遊びは許して欲しい」

そう言ってコエは、眠っている髪を解いたカンの髪に触れる。それは、彼女の胸元で最後の魔法の行く末を見守る、アメとそっくりそのままの姿だ。それもきっと、後数年でカンの言葉通り、姉妹にしか見えなくなるのだろう。

「……コエ、それでも貴女はまだ、私達に全てを教えてくれないのね」

その様子を遠くから見守るサナの姿は、他と違ってまだ少し鋭い怒りに染まっていた。静かに目を閉じたままのコエは、俯いて口を開きかける。その口を閉じると、覚悟を決めたかのようにしっかりとサナを見据えた。

「流石、サナは鋭いな……カンは、本来はアメを倒すためのクローンなんかじゃない。それならサナとは似つかないきぃと同じく、近しい姿である必要はないはずなんだ……」

サナはその言葉にちらり、と立ち尽くしたままのきぃを見つける。きぃはその視線に気づかず、カンを想うアメの背を見つめて、少し寂しそうに佇んでいた。けれど、そこに不安の色はない。その姿に、サナはきぃの心の成長を感じて安堵に近いため息を吐く。

「カンは、『アメジスト』が神の実験の末に使えなくなってしまった時、アメの変わりに実験に使う実験体の一人だった。アメが亜天界に戻り、天界に歯向かうその時よりずっと前にもうアメのクローンを作る事は決定していた事だ。……だから、二人は対等で居なきゃ本来、均衡が取れない……」

コエは悔しそうに頭を軽く横に振る。自分の力量を思い知らされた悔しさがそこには滲んでいた。

「でも、2人は私が創造した存在じゃない。同じ神でも私じゃ覆せなかった。結局はサナ……君だって、前の神の手によって創造された天使だ。元々、天使は神様に付属する使いなのだから当然だ。だから、君は神の死と共に死んだ。おとぎ話に出来たんだ。それを生き返らせた所で、君の『呪い』を私が防ぎきれるものじゃなかった……もう、君に掛かった魔法を解ける者は居なくなった。私がした事は君を模倣した人間を生み出しただけ……」

結局のところ、カンに限らない。コエが一番救いたいはずのサナの呪いも完璧に呪縛を解いたわけではなかった。サナはその言葉に驚かず、静かに頷く。

「……わかってた。気づいてたわ。私は、魔力を持たない人間になった今でも、どんなに人に隠れて生きても、人目を集めてしまう、それがあの罪の後遺症だって……でしょ?」

サナは確かめるように、静かにコエの表情を探る。その予想の答えをコエの表情から探し当てた。コエの頷きも返答も待たず、ふっと笑みを零して言葉を続ける。

「……でも、私はこの力があったからこそ、つばさと一緒に居れた。『アイオライト』はそれを活用した戦略だったわ……」

「そう、だな……君は、自身の呪いさえも上手く使えるようにいつの間にかなっていた……その器用さには驚かされるな。推理も完璧だ……参ったよ」

コエはそう言って頷く。ここまで見透かされていてはもう反論も何も出来なかった。素直に負けを認めた所で、サナはまだ納得しない事があるらしい。コエにまた一歩詰め寄る。

「……それに、貴女はまだ隠しているわね。私の記憶、過去の出来事を……」

「それは……」

「コエ……」

ようやくそこに駆け寄ってくるのは騒ぎを知ったルナ。コエの魔法により全てを知っているのかルナもまた何も言わず、その状況をただ黙って睨んでいた。コエがルナに目線を合わせると、ルナは仕方なそうな表情で頷く。

「ルナ……あんたが、消してサナに忘れさせ、何もない『白い世界』に隔離した記憶、サナに返そう。サナ、覚悟はいいかい? 今までのフラッシュバック……君が自分で背負う記憶よりも、ずっと、ずっと残酷かもしれないぞ」

そのコエの表情、ルナの表情はどちらも残酷で苦痛なものだった。二人がどれだけサナの為にそれを守ってきたのか、サナは痛いほど感じ取る。きっと、ルナが魔法で忘れさせるしか他に手段のなかった、どうしようも無い出来事。きっと取り戻したら苦しむのだろう。サナはその言葉だけで、残酷な出来事を安易に予測してしまえた。

返事をするよりも前に、ルナが静かにサナの手を取る。

「ごめん、サナちゃん……多分、君も、僕も……沢山酷い事をして来たことを、見せてしまうと思う、それでも……いいの?」

「いいわよ……。いいえ、お願い。私は、私という天使に何があったか……全てを知りたい。コエが神様になって、私達を一度でも救うと決めたその覚悟と同じ覚悟を、私にも背負わせて頂戴……!!」

サナはルナの手を握り返す。

コエの魔法が、サナの記憶の奥の奥……『白い世界』を開いた。

***

サナちゃんが人間から逃げるその旅の過程で、知らない国に迷い込んだのはサナちゃんが15歳になるかならないかぐらい。まだ春花ちゃんを失う前、つばちゃんとも出会う前。

僕が初めてサナちゃんを見つけ出した時には、彼女は『連れ子』を一人連れていた。彼は7歳前の小さな、気弱な能力者の男の子。サナちゃんの命を狙った科学者集団、『ライト』の元で扱われていた魔物の彼を救い出したサナちゃんは、魔法で人間の姿にした彼とともに居場所を探し彷徨っていた。

そんなある日にサナちゃんが見つけたのは、一軒の廃屋。広い建物の中に連なる小さな部屋、どうやら主の無い施設跡だった。

「ルー、ここは何だったのかしら? 調べぐらいつくでしょ?」

そのとき、僕はまだサナちゃんを完全に悪者だと思っていた。サナちゃんと、その周囲の悪い人……悪の組織や反社会勢力を持つ者たちの動きを抑制するのに有利かと思い、その町を管理する仕事に就いていて、町のデータを観覧できる権利を持っていた。

サナちゃんに促され調べてみると、どうやら売りに出ているも、少し隔離された場所に有るため貰い手がついていないようだ。

「介護施設かなんかだったんだけど、売れてない物件のようだね、何、サナちゃんここに住むの…?」

「さすがに二人じゃ広すぎるわよ、貴方は職場があるんだし……三人でも広いけど」

「さ、サナ……天気、悪くなってきた」

『彼』がサナちゃんの足元にしがみつき、窓の外を指さす。その日は嵐で、いよいよ外に出られるレベルではなくなってきた。

「……この嵐で窓の一つもガタガタ言わないのは、優良物件よね」

「……電気点くかな」

住むかどうかはともかく、今晩は少し留まらせて貰ってもいいだろう。

そう思った矢先、玄関のドアがバンバンと音を高く響かせ、臆病な『彼』はその小さな身体を飛び跳ねさせた。

「ひゃあっ!!」

「何? 風!?」

サナちゃんも身構える。が、その音は妙に規則的だ。

「違う、誰かが叩いてるんだよ」

「ルー、この子見てて」

子供の『彼』と、攻撃魔法が出来ない僕。戦闘が出来るのはサナちゃんだけだ。サナちゃんも内心不安を覚えながら、玄関のドアを開ける。

サナちゃんは霊を狩る天使だけれど、お化けが苦手だった。その理由は、サナちゃんが持っている呪い。怨念や気持ちの現れてある霊、お化けは、サナちゃんを本能的に襲う事が多いから。

この時は、サナちゃんだって命がけに近かったのだから、緊張するのは当然だろう。

「すっ、すみませんっ!」

恐る恐るドアを開けるサナちゃん。

飛び込んできたのはお化けではなく、桃色の髪をした少年と、その腕に抱かれた小さな金髪の少年だった。

***

サナちゃんは結局その物件を購入した。

隣国から旅をしてきたという桃色の髪の中性『少年』カースティと、その『弟分』である、喋れない金髪男装少女、キット。彼らと共に、サナちゃんはシェアハウスを運営することになったのだ。

居場所のない人の為に、部屋を貸し、彼らと暮らす。

サナちゃんの根本にある人を思う気持ちを、僕は初めて目の前にして驚いた。

そのときのサナちゃんは、世界の裏側で危険な行為を請け負う悪の組織の一人だったからだ。

僕はそんなサナちゃんを、誤解して見ていたのかもしれない。

ただ、そのときの僕は、サナちゃんは何かを企んでいるのだろう、と監視する存在でしか無かった。

僕もまた、サナちゃんが所詮「黒い翼の悪魔」だと思っていた、思い込んでいたのだろう。

『伝説の悪魔』、つまり「サナの伝説」は、サナちゃんが『女性や子供の命を狙っている』という言葉から始まる。

そのせいで僕も、世間の人々も……『彼』のことや、その後シェアハウスに集まってきた子供たちも、怪しいと思っていた。

僕の職場でも、あまりに人が集まるものだから……やがて、怪しい何かの拠点なのではないか、という噂が広まり始めた。サナちゃんは翼を見せることはなかったけれど、サナちゃんの人目についてしまう呪い、それが、いつしか、人々の不安になっていく。

サナちゃん自身が意図的にやってないとしても、サナちゃんの呪いが効いているとしたら……

サナちゃんが逆に騙されているのだとしたら……

僕自身も、そんな噂をもう見聞きしたくなくて、サナちゃんを開放するつもりで……。

僕は、サナちゃんへの……施設運営の為の資源を全て、お金、電気、水道、人脈……とにかく全てを、切った。

「ルナ!!!!」

それから16時間ぐらい後の事だったと思う。夜明け前の静かな部屋を切り裂くような、サナちゃんの叫び声が響いた。僕はその関連の書類をようやく処理し終えた所で、もう元には戻せない所まで作業は終わっていた。

サナちゃんを守るためとはいえ、サナちゃんの意志を踏みにじる行為。

サナちゃんが怒ることも解っていた。ただ、それは正義のためだと、そのとき、僕は信じていた。

サナちゃんは怒りと悲しみの最高潮を混ぜたような表情で、僕の胸ぐらを掴んだまま、震えていた。

怒りにはやる気持ちを抑えこみ、『冷静な態度でいたい』という気持ちが、双子の力で感じ取れる。それ以上の心の声は、サナちゃんが拒否しているのか、聞こえなかった。

「……ごめん、でも、君も聞いてるよね……良くない噂。これ以上広がる前に……」

「そんな事で!!」

どん、とサナちゃんの拳が、僕の席に振り下ろされる。

怒りで放つ魔法が、女の子の力では到底出来ないような被害を出し、周りの人が目を白黒させて僕らを見ている。

この時代、この国では能力者の存在は本当に稀で、それが、行き場をなくした能力者達の集まる施設の姿を怪しく曇らせて噂を助長させていた。

「サナちゃん抑えて、見られてるよ」

「冷静になれるわけないでしょ! なぜ、なぜっ、こんな嫌がらせをするの……?」

「嫌がらせなんかじゃないよ! 君のためにも、カースティ達のためにも、あそこは……もう終わりにするべきだ!」

サナちゃんはその言葉を聞いて、目を見開いてブルブルと肩を震わせた。

怒りと泣き出しそうなのをこらえて叫ぶのは、僕には無い反応で、僕は逆に冷静になってしまう。

「あ、貴方はっ……」

サナちゃんはそこで数度咳き込んだ。この時もうサナちゃんも噂や誹謗中傷でボロボロで、体を壊していたのだ。それを知らない僕が、唐突に苦しみだしたサナちゃんの慌てて肩を抱こうとすると、その腕をパシンと払い落として、彼女は僕を睨む。

「貴方にはわからないでしょうねルナ!! 私があの子を、あの子達を守りたいと思う感情が! それが人の心にどれだけ作用するのかが、感情の無い貴方にはっ……! どうして貴方が『悪魔』なのか分かるかしら、『気持ち』がないからよ。理解できなくとも、認める心が持てたはずよ!!」

「サナちゃんっ……!」

そう言い放つとサナちゃんは駆け出して行ってしまった。

僕はサナちゃんを追うタイミングを見失い、そこの立ち尽くす。僕が悪魔と知った人たちの声は、耳を塞ぎたくなる声だった。

この声を一生聞いて育ってきた彼女が、どれだけ心をすり減らしてきたのか、知る由もなかった。

そう、そのときの僕は、人が持つ、特定人物への特別な感情を持たないばかりか、理解出来なかった。

きっと、僕とサナちゃんがずっと上手く行かなかったのは……そういう違いだったんだろう。

双子の僕らは、ばらばらな場所で、ばらばらに育ち、ばらばらな気持ちを持ってしまった……

僕は、サナちゃんを助けたくても助けられない。

魔法が安定しなくて暴走してしまうから、攻撃は出来ないし、サナちゃん自身には僕の回復の魔法も効かない。

コントロールの効かない僕じゃサナちゃんを傷つけてしまう。

だから心だけでも優しくしたかった。だけどそれはサナちゃんに、割り切れない迷いを生んだ。

そしてそのとき、このすれ違いが、サナちゃんの本当の呪いの始まりだと、僕は知らなかった。

***

その日を堺に、サナちゃんとカースティ達は上手くいかなくなった。

サナちゃんのせいで不便になった生活、不利になる社会的立場、その怒りの矛先は全てサナちゃんに向いた。

サナちゃんもどうにか自分の立場を説明しようとするけれど、能力者の彼らと天使のサナちゃんには、圧倒的な壁があった。

彼らが、神様の呪いの事を信じる事は無く、天使の知識は……普通の人間と同じ。

『サナ』が天使だという事は誰も信じてくれず……最終的には、『サナが言う天使』は差別の対象にまで発展した。

そこから仲間割れを起こしていったシェアハウスの中は泥沼で、いつしかサナちゃんはそこから追い出されてしまう。

サナちゃんが、沢山の経験をさせたくて、友だちを沢山作って上げたくて、皆の幸せを願って賑やかにしてあげたくて、面倒を見ていた『彼』を奪われたまま……。

***

『彼』はとても身体の弱い子だった。

小さいころから粗悪な環境で過ごしていた彼は、呼吸器疾患にかかっていて、サナちゃんが魔法で援助しないと正しく呼吸が出来ない。

サナちゃんの手を離れた彼は、一週間もしないうちに発作で亡くなってしまった。

僕はその状況に限界を感じて、仕方なくその施設の強制撤去を命じた。

そうして僕自身も管理の場を離れ、エンドロールは散り散りで幕を下ろしてしまう。

「なんで、どうして、あの子が、死ななきゃっ……いけないのっ……」

無残に消えてゆく施設の姿を見ながら、サナちゃんは泣き崩れていた。

亡くなった事を確認された『彼』は、カースティ達の手によってサナちゃんの目に触れる事なく埋葬され、サナちゃんはその行き先も知らない。

天使は死者に再会してはいけない上に、罪人のサナちゃんがその願いを受け入れて貰えるわけはないのだから、絶望的なのは僕にも分かった。

サナちゃんと繋がった心が焼けるように痛いのを感じて、サナちゃんの罪意識と悲しみをようやく自覚した。

「私が……私、どうすればよかったの……あぁ……うぁあ……!」

またあの日のような嵐が始まる。雨足が強くなっても、サナちゃんはそこを動かず、ただ泣き叫んでいる。

僕は何も言えなくて、遠くからそれを見つめている。

とても、辛くて遠くて重い時間だった。

そうしていつしか、体力も気力も全て失い、気を失ったサナちゃんが、目を覚ますことはなかった。

僕ら、サナちゃんのような天使は、人間の体に天使の魂を入れる事で地上に存在している。

死んだ所でまた神様の嫌がらせを受けるサナちゃんの唯一の逃げ場は、サナちゃん自身が自分の意識を閉じ込めてしまう事だった。

パタパタと眠るような姿のサナちゃんの上に落ちる雨粒が、彼女の涙と混ざる。

自分の無実を訴え続けた彼女の身体は、この国に来た時より幾分か軽く、そしてボロボロだった。

「……ごめんね、サナちゃん……戻ろう。もうこの国を出よう。この事は……君はもう、知らなくていいことだ……」

そうして、サナちゃんの記憶を、僕は閉じ込めた。

サナちゃんの、心の奥の奥……意識のずっと遠くの方へ。

僕はこのサナちゃんの記憶、この国に存在した期間のサナちゃんに名前をつけた。

『Allium』。小さな花が集合して、ボール状に咲くユリ科の花の名前だ。

その花言葉は、優しい、深い悲しみ、正しい主張……

***

その後にも、サナちゃんは何度か行方が分からなくなる事があった。

3度目の行方不明の時には、記憶もまるまる失っていて、サナちゃんは性格まで変わっていた。

行き場を失い倒れたサナちゃんは、サナちゃんを助けたとある男と恋に落ちた。

彼は暴力団員に拾われ育った男で、サナちゃんと同じく元の自分を覚えていない事でサナちゃんに情があった。今まで得られなかった情を得たサナちゃんは、善悪の判断もつかないまま、彼のために戦うこともあった。

そうしてやはり誰かのために、という気持ちから子供たちを保護しながら暮らし始める。

今度は、僕はそれを止めなかった。そのときのサナちゃんは、やはり幸せそうだった。

しかし、記憶を失ったり取り戻したりを繰り返すようになって、精神的に不安定になったサナちゃんの面倒に疲れた彼は、いつしかサナちゃんに暴力を振りかざすようになる。

それでも彼を信じたサナちゃんを、彼は裏切るように……サナちゃん達の居場所を奪って、すべてが終わった。

僕はまた彼女の記憶を追いやって、また名前をつけた。

最後は5,6度目の行方不明だっただろうか。

彼女は族に襲われた村を助けるために、小さな村の復興の指揮を取っていた。

しかしその族に目をつけられ、サナちゃんは一人でその族達と戦った。

そうしてやっとその村に戻ってきた時、サナちゃんが指揮をしていた村は、サナちゃんがしていた方向とは全く別の方向に復興を進め、全く違う村へと変貌していた。

サナちゃんが居たことすらなかった事にされている……完全な乗っ取りだった。

そうして追い出されたサナちゃんをようやく見つけた時には、やはりサナちゃんはもう目を覚まさない状態だった。

この記憶も消した後、やはり魔法をかけすぎたのだろうか。サナちゃんは明らかにフラッシュバックで苦しむようになり、体力の維持が著しく難しくなっていった。

そう、いつだってサナちゃんを苦しめていたのは、守ろうとしていた僕だ。

僕は、サナちゃんを守るためにいる存在じゃなかったから……サナちゃんを戒める為の存在だったから……。

当たり前だ。神様にそう設計された僕に、『救う』ことは叶わない。いつだって、僕が、追い詰めてしまっていたんだ。

***

コエがカンの存在を書き換え、アメ達と共に公園から立ち去った後。すっかり日の暮れた公園で、サナとルナは静かにブランコに腰掛けていた。

長く共にいる二人だが、共にいるからこそ。真面目にお互いの話をするのは初めてだった。

「……私はきっと何度も言ったと思うけど、酷い目に沢山遭ってきた、怖い事に沢山晒されてきた。でも、その合間合間……私がしたことや、出会った人の全てが無駄だとは思ってないの。カースティたちとも、一瞬でも痛みを共有できた時間は有意義だったと信じてた。だから……貴方を悲しませてでも、自分だけで受け止められるならそれがベストだと思って行動していた。でも、それは……どこに行っても、『ルー』が、追ってきてくれるのが分かってたからなんだと思う……」

あの処刑が決まった日。きぃの今後の事を保証したルナの言葉を素直に受け止めたサナを、ルナは思い出す。ルナを信頼するサナを見ていると、嬉しいけど辛かった。ルナには、その信頼に見合う実績が無いからだ。

「サナちゃ、」

「私は自分でも自分の行動が嫌になる時がある。いつか貴方が……サキの前で言ったように、私は人の言うことを聞かない、強情で面倒な人だと思う。その癖自分を卑下しながらも、自分の考えは変えようとしない。もしも私が、そんな人に会ったら嫌になるし、嫌いになる。腹も立つ。正直、貴方をイライラさせた事は沢山あったでしょう。それでも、見捨てないで、私を怒って、ストッパーになってくれた。決して、私が今まで皆にしてきたような取り繕った関係にはならなかった」

サナはそこまで一気に喋ると、ブランコを立ち上がる。残されたブランコが不規則に振れて、月影に余韻を残す。サナは表情を見せないまま、空を見上げた。

「貴方なら分かるでしょ。私が対等に、そしてここまで本心を言える相手は……ルナだけよ」

「……うん、でも……いままで、ごめんね」

その言葉に、サナが返事をする事は無かった。その間、静かな夜風がサナの髪を揺らす。

「サナさーん! ルナさーん!」

ふと、公園の垣根の向こうから二人を呼ぶ声。

垣根に隠れ見えない顔を見せるために飛び跳ね、手を振っていたのはつばさだった。

「おかえり、つばさ」

「どーしたんですか二人共、こんな時間にー!」

サナはつばさを見つけると、嬉しそうに駆け寄っていく。

その姿を見て、ルナは微笑んだ。サナを幸せにするのは、残念だけど自分じゃない。そう再認識する。自分にサナを救うチャンスは無い。そう思っていたほうが、きっと道を踏み外さなくて済む。

「つばちゃんおつかれ様!」

「あー、色々あって晩御飯まだ準備してないの。どうしようかしら」

仕事帰りのつばさの姿を見て、サナは頭を抱えてあちゃあ…と声を漏らす。

ルナはその姿に勇気を貰い、サナの背に飛びつき気味に肩を抱いてひとつ提案をした。

「折角だしどっか食べに行かない? なんかいい奴!」

「ナイスアイディアね、じゃ、言い出しっぺの法則、って事でルナの奢りで」

「なっ、なんで!?」

「ルナさんごちでーす」

サナがつばさの手を引いて、先を歩き出す。

ルナは再度仕方ないな、と笑って、その二人の背を追っていく。

静かに、残った痛みと戦うサナの、つかの間の平和に……目を細める。

「って、そっちもしかして高級店、あっ……待って、サナちゃん待って!!」