ちょっぴり寂しい午前の話

「あれ、音胡は今日休み?」

「……ひえっ!! あっ、ポチさん……びっくりしました」

「おい、いい加減慣れろそしてポチはやめろ」

署の用事ついでに窓口に顔を出すと、席についていたのはライだけだった。俺が登場したことでいつも通りに驚き、若干ビクついたライは浅くため息を吐く。

「音胡さんはご親戚の結婚式に参加するそうで、今週は地元に帰ってますよ。何かありました?」

「いや、ねーけど、音胡が来てから一人は珍しいなあと思ってよ。……音胡は偉いな、何処かの誰かさんと違って、ちゃんとした理由でしか休まねえのな」

「う、うぅ……」

ちょいと嫌味を言ってやると、ライは耳を伏せてしょんぼりしながら、返す言葉もない、という風に唸った。いや、そこ反論してくれないとこっちも困るんだけどよ。

「しかし、一人だと仕事量とか大丈夫かよ?」

「大丈夫ですよ、元々ここはおまけみたいな部署ですし、仕事は雑用ばっかりですし……音胡さんが来る前は僕一人で全部やってましたから……一年ちょっと前の事なのに、なんだか懐かしいですね」

ライは少し寂しそうにそう語る。この部署は、元々4つしか無い交番を管轄する為にあった特設課だった。この町のシステムは他の町と少し違う。人口減少や『俺ら』を迎え入れるようになった事を理由に、役所と業務や役割分担を重ねていった結果、結論から言えば、身体が弱くまともな業務の出来ないライに、この町の『俺ら』の管理は押し付けられてしまった。

なんだか虚しい話だよな。コイツは別に俺らの代表でも何でも無いってのに。

「……あいつ居ないと静かなんだな、この部署」

「そうですね、他の窓口もちょっと遠いですし、此処だけ隔離されてますからね……」

そう思ってしんみりしてしまうと、本当にこの場所はしんとしている事に気づいた。音胡のあの明るさというか、元気さが、大人しくて……悪く言えば根暗なライを支えていたのかもしれねえな、と思う。

「落ち着かなくねえか?」

音胡が来るまで、ライはここの仕事を寂しいと思ったことがある、という話は小耳に挟んだ。音胡から「たまにはライさんに構ってあげてください」という言葉を投げかけられて、俺はこうして署に来た時はここに顔を出している。

「あはは、慣れてますから」

俺の投げかけた質問に仕方なさそうに笑うライ。その顔に説得力は見えねえ。

「でも、なんか、ケンさんが来てくれたお蔭でなんとなく落ち着きました」

「びっくりしておいて良く言うぜ」

ま、少しでもその寂しさが紛れたなら良いとするかな。

俺はその仕方なさそうな笑顔の前に、苦笑しながらため息を吐く。

すると、壁にかけられた時計が12時の時報を鳴らした。

「お、もう昼か……なあ、ライ。ラーメン食いに行かね? ……言っとくけど上司だから奢るとか、後々めんどくせえからナシな」

「僕は気にしませんけど……いいんですか、僕多分、ラーメンだと食べるのすごく遅いですよ……? 熱いの大分苦手なんで」

俺は時計を確認しながら、片付け始めたライを昼飯に誘ってみた。音胡が居ない今、部下としてコイツを占領してもいいよな……?

「知ってるよ。つーか見りゃわかるよ、んな事」

「…………別に、猫だから猫舌とか言った訳では……でも本当に、交番戻らなくて大丈夫ですか?」

俺はカウンターからオフィスの中に入ると、音胡の席に座る。俺からライを誘うことはあまりないので、ライは戸惑っているらしい。少しワタワタした表情が目の前にあった。

「いいよ、俺らは下っ端。期待されてねーだろうし、たまには上司様に接待も必要だろ?」

俺は少し得意げにライに笑いかけてみせる。

「ならば、上司としてそのご厚意には応えなきゃですね。では、ご一緒させて下さい」

意図を汲み取ってくれたんだか、くれてないんだか知らないけど、元気がなさそうな笑顔が、本物の笑顔に変わった。