音胡のお料理教室

「はぁ? 一週間に3回パスタ?」

地域課の窓口に遊びに来ていた双子ちゃんが、揃って私の叫びに頷いた。

私はその後ろで遠い目をするケンさんを睨む。

「……一回、スティーブさんにぶん殴られたいですか?米の炊き方」

「や、やめてくれよ、親父さんに知られたら本当に洒落にならない事になるから……」

「当然です。米の炊き方ぐらい分からないんですか……?」

双子ちゃんとついに同居を始めたケンさんは、どうにか慣れないながらも二人の面倒を見ている。衣食住、全てだ。そしてその問題は食にあると、二人が証言したので私は怒っていた。

なんと、週3の夕食がパスタらしい。

他の料理がどうだか知らないけど、頻度多くないですか?

栄養バランスとか当然考えてなさそうです。スティーブさんとの約束はどうしたのでしょう。

「……俺、たらこパスタが好きなんだよ」

「…………その顔でですか」

「顔は関係ねえだろっ! 顔は!! 元暴走族で元一人暮らしの男が自炊するだけでも、割とやってる方だからな!?」

カウンターをバンバン叩きながら反論するケンさん。開き直ってますけど、好み優先の食の偏りとか許せないですね。確かに一人暮らし時代ならまあまあいいでしょう。でも今は子供の面倒を見ている身です。

「……ケン兄、でも流石に僕ら飽きてきたよー、パスタ」

「うん、しかもいっつも同じ味付けだもんね」

「ほら、言われてますよお兄ちゃん」

「ぐ、ぐう……」

リアルぐうの音を漏らしながら、かわいい双子ちゃんにまで苦情を吐かれてケンさんはうなだれる。このヒトも意外と脆いんですね……。

「……ケンさん、今日の夕方空いてます?」

「へ? 特に何もねぇけど」

私は少し考えてから、ケンさんの予定を聞く。というか此処に双子ちゃんを連れてきてる時点で、予定がない事は分かりきってるけど。

「ちょっと料理してる所見てもいいですか? 教えますから……ライさん家で」

「ええっ!? なんで僕の家なんですかぁ!?」

私の言葉に、書類に集中していたライさんが慌てて立ち上がった。私はそんなライさんの肩を押し付けて席に座らせる。そして、ついで説教した。

「ライさんも自炊が出来てなさそうだからですよ! 前行った時はあのざまだし、スティーブさんにも叱られてたのを見ると、まともな食事してないでしょ!? 健康に気を配ってる感じは出してますけど、それが栄養補助食品だのニボシだのサプリメントだのじゃ意味ないんです!!」

「ひ、ひぇえぇ……正論すぎて反論できませんっ!!」

半泣きで萎縮するライさん。自覚はあるようだが、やっぱり改善してないということが態度で分かった。

「……ケンさん、夕方にまた来て下さい。待ち合わせしましょう。ライさんは上がったら一緒に買物しましょう。い、い、で、す、ね!?」

「は、はいぃ……」

「お、おうぅ……」

私の凄む顔にライさんとケンさんは二人で耳を伏せ、しっぽを丸めて震え上がる。その後ろで双子ちゃんが面白そうに笑っていた。

「お姉ちゃん、二人のママみたいだね!」

「まっ、ママ!?」

おやおや、冗談じゃない印象がただでさえ天使の双子ちゃんの口から飛び出ました。

私の他人からの評価ってこんなんばっかりですけど大丈夫なんでしょうか……。一応、この作品の紅一点なんですよ、今の所は。

* * *

「と、いうわけでライさん、現在自宅にある食材をすべて吐けやがれますか」

「……あの、お忘れのようなので確認したいんですが、僕、上司ですよね……?」

「勤怠打刻したのでそのようなシステムは無効です」

「う、うう……卵4つ、炊いて冷凍したご飯3膳、ネギ1本です……」

いや、答えるんかい。しかも即答で答えれる程少ないんかい。……横暴な態度を取った私も私ですが、ライさんはそろそろ怒るという事を覚えないと、部下がつけあがりますよ。その部下、私なんですけどね。

「卵、ご飯、ネギ……ですか。調味料は大体ありますか?」

「ああ、はい。大体は揃ってるはずです」

私は一瞬考えて、すぐに買い物かごを手に取る。と、ライさんがすぐに手を差し出してきたので、私はライさんにかごを渡した。……きっちり目の通勤着のまま買い物かごを持つライさん、生活感があって、普段の真面目な態度とのギャップが面白いです。写真撮りたい。

「では、ベーコンと……そうですね、彩りと双子ちゃんの好みを考慮して人参とコーンを買います。コーンは粒が外れてる缶詰でいいでしょう……それも面倒なら冷凍のミックスベジタブルで十分だと思いますが……」

「……な、何を作るんでしょう……検討つかないんですが……」

「そんなに、意外なものを作る感じの組み合わせじゃないですよ!?」

もしかしてライさん、自分で気づいてないタイプの料理音痴なのだろうか。私は先が思いやられる展開に、密かなため息をついた。

「……というか、卵とネギだけ残っているライさんの家が不思議です。そしてネギ食べれるんですね」

「音胡さん絶対怒るから言いたくないですけど、インスタント麺を食べた時に使った残りです……。そして僕らは別にネギ食べても死んだりしません」

* * *

そうしてケンさんと合流。双子ちゃんはアイドルの仕事でやってるラジオがあるので、別行動だそうだ。共にライさんの家へと向かった。

「ライの家って初めて来たけど、噂通りなんにもねえなぁ、よく生きてんなお前」

「そんなに何も無いでしょうか……よく言われるんですけど、実際生きてるんですよね、何故か」

「…………何故かって……心臓に悪い話、やめてもらっていいですか?」

そんな生きてるのが不本意みたいな言い方……心臓に悪いです。私は早急に話をぶった切り、ライさんの家のキッチンへと向かった。男性二人女性一人、大の大人3人が狭いキッチンに並ぶと、かなり圧迫感が有る。私とライさんは小柄な方だけど、ケンさんは結構ガッチリしてるし。

ライさんに残っている食材とフライパンを出してもらって、私は二人の前に立ちはだかる。フライパン、すごく綺麗です。これは使ってないやつだ。

「えーと、では……取り敢えず今日はチャーハンを作ります」

「チャーハンつくるよ! ってやつか……」

「黙って下さい」

「えっ、チャーハンって野菜入れるんですか?」

「またか!? ライさん、どうやって育てられたんです? スティーブさんも呼べばよかったですね!?」

二人の発言が既に雲行き怪しすぎて、私はもう無理を悟った。言い出しっぺではあるけれど、早く帰りたい気持ちしかなくなってしまう。に、しても二人のエプロン姿、面白すぎます。写真と言わず動画で保存したい。

「……ええっと、取り敢えず具材を切ります。ケンさん、ベーコンと人参を小間切りに、ネギも細かくしてください。ライさんは冷凍のご飯を温めたら、少し冷ますのでボウルに開けて、大さじ1のサラダ油、塩とコショウひとつまみをを入れた後に、卵を軽く絡ませてください」

「小間切りってーのは……?」

「サイコロ状に細かく切って下さい」

私はため息をつく。ケンさんに説明し直すと、ようやく伝わったようでケンさんは慌てて包丁を持つ。が、明らかに覚束ない手付きだ。

「ケンさん、その支え方だと指切りますよ!! 指引っ込めてくださいね!!」

「ケンさん、ケンさん、『猫の手』ですよ」

「……あっ、言っちゃいましたか。その慣用句、ややこしくなるからわざと避けたのに……」

私が注意すると、そこそこの自炊スキルはある(自称)ライさんが指摘する。まさかのニャンニャンポーズを構えながら言うライさんは、可愛らしいを越えてあざとい。成人男性の態度のそれではなかった。ライさんがアイドルやったらいいんじゃないでしょうか。

「……モノホンに言われるとは思わなかった……くそっ……」

ケンさんにも刺さりかけたらしく、ケンさんは明後日の方向を向きながら若干照れている。あれ、なんでここイチャついてるんですか?

「音胡さん、卵を絡めるっていうのは……?」

「ああ、卵を溶いて……そうですね、ご飯がに含ませる程度の量をかけて混ぜておいて下さい」

そんなくだらないやりとりの間に、ライさんはご飯を温めて冷まし、下味付けも終わっていた。私は次の指示を出す。

「混ぜちゃうんですか、後入れだと思ってました」

「半分は炒める時に入れるので取り敢えず半分ほど入れて下さい。卵で米粒を包んでおくイメージです。炒めたときに卵が固まってお米をくっつかないようにしてくれるので、湿っぽくならないんですよ」

「……割と面倒くさい工程ですね……いっそ、僕はこのまま食べてもいいかなって思います……」

「意外とライさんって、結果を急ぐタイプですよね……そんなんだから、妙な勘違いをして一人で悩むんですよ……?」

私はライさんが噂を信じてはやまった事を一瞬脳裏にちらつかせた。ライさんは態度こそおっとりしてはいるが、すぐに結果が分からないことは、自分で勝手な答えを出して勝手に悲しんでしまうタイプっぽい。料理も、その工程を待てないから、即座に合理的な栄養が取れる補助食品に頼るようだ。全部が悪いわけじゃないけど、ちょっとは直して欲しい。

「では、食材とお米の下準備は出来たので、炒めていきますね。フライパンを熱してからサラダ油を大さじ1ぐらい引いて、中火にします」

私はフライパンをコンロに置くと、点火した。何故か火がつくタイミングで、ライさんが微妙にビクッとする。

「なんで今、驚いた?」

「……ちょっ、ちょっとだけ、火にトラウマが……」

「やめてください、やり辛いじゃないですか」

そう言えば、暖炉の火を押し付けられた経験があるとか聞いたような気がしたような。も、もしかして料理しない理由ってそれですか? ……いや、釣った魚を焼く事は出来るから違うな。さては言い訳ですね、今の。

「ええっと……残った卵液をフライパンに入れたら、すぐさっきのご飯を入れて全体をひっくり返します。強火にしてご飯をほぐしながら混ぜます。一分ぐらいですかねー」

私はそう言いながら、お米を炒めていく。フライパンを振るってみせると、ケンさんがおぉ、と声を上げた。

「それって出来なきゃダメか?」

「あ、いえ、別に要らないと思います。というより、ケンさんがやったらお米が飛んでいっちゃうのが目に見えてるんで、やらないほうがいいかと……でも焦げてもマズイので、軽く揺するぐらいに留めてください」

「あぁ、そう……」

やりたかったんですか。ケンさんはしょんぼりしてしまった。

「あとはさっき切った具材を入れてまた炒めて、塩コショウで味付けして……あれば醤油とかごま油とかをサラッと入れると風味が出るので…………こんなもんですかね」

「「おぉー……」」

私はそれをお玉で掬うと、予め用意しておいた皿に一発で盛り付けた。二人は小さな拍手でそのチャーハンを出迎える。

「……音胡さん、料理スキルすごく高くないですか……?」

「……今の俺達もやるの?」

しかしそんな私を見て、二人は冷や汗をかく。

「今のは別にやらなくていいんですよ。やるのは炒める所です。……家庭事情的な意味で料理はしてきましたから慣れてるんだけだと思いますよ」

「「あ……」」

そう説明すると、二人は顔を見合わせて気まずそうな声を漏らした。その雰囲気があまり好きじゃないから言わなかったんですよ……。

「まあ、覚えておいて損はないですよ、料理は。楽しくなれば毎日面白い上に、美味しい思いまでするわけです。一度覚えれば応用が効きますから、これが出来れば焼き飯とかオムライスとかも流れで覚えられますし、覚えたら次は誰かに教えられます……ケンさんの場合は双子ちゃんに、教えてあげれば良いんです。一石三鳥ぐらいいけますよ」

私はその空気を誤魔化しがてらにそう言うと、ケンさんはどうやら双子ちゃんに料理を教えるシーンを妄想したのか、若干気持ち悪い笑みを浮かべる。う、ううん……。実は教えないほうが良かったりして。

「……しかし、私が自分の子供とかの前に、上司と後輩という大人の男性に教えるとは思いませんでしたけど」

「お手数かけます……」

「先生、ご指導の程宜しくお願いっす……」

私は苦笑すると、二人は耳をしょげさせながら揃って頭を下げた。

* * *

そして約3分後、私の目の前には二つのチャーハンが並んでいた。

しかし、そのどちらも……すごく微妙なビジュアルだ。

ちょっと食べたくないかな……と思ってしまったが、教えると言った手前、ここで放棄するのも悔しいので、私は意を決してスプーンを握りしめた。

「で、ではライさんのから」

「は、はいいっ!」

ライさんは自分の炒めたチャーハンが私に品定めされる事に対して緊張してしまっているらしい。上ずった声を上げて、棒立ちしていた。

「……あ、あぁ……」

私は一口食べて、妙な声を上げた。予想通りの……このどろっと感!

ライさんもその反応に、悲しそうな呻きを漏らす。

「うう……」

「ま、まあ見た目で想像してましたけど……炒める時間が短かったですね。あとかき混ぜすぎですね……火が通ってないのと混ぜすぎたので、こう……メレンゲかけごはんみたいな……人参も熱入ってません……ライさん、さっきも言いましたが、何事も焦りすぎです。炒めてて具材が撥ねるのが怖いのかもしれませんが、飛んできた所でそこまで熱くないので落ち着いて下さい」

「うわぁ、的確です……うう、もう少し焦らないようにがんばります……」

ライさんは半泣きではあるが、なんとかアドバイスを飲み込んでくれた。

「で、次がケンさんのですが……」

「お、おう……っ!」

ケンさんも珍しく緊張した声を上げる。そこまで緊張しなくとも、もう言うことは決まってるんだけど……。

「……食べる前に言いますけど、確実に火が強すぎました。混ぜるのも遅かったですね。あと卵液が多すぎです。これはチャーハンではく、ご飯入りのオムレツです……」

「…………すまん、後戻り出来なかったから……」

皿の上に乗っかっているのは、一塊の卵焼きだった。よく見るとご飯が見えるので、最初の卵の一投が多すぎてご飯が溺れたっぽい。

「……あ、でもこれはこれで美味しいですね。チャーハンではないけど」

でも、意外と食べてみると味は美味しかった。新ジャンルの料理としてなら騙せそうです。

と、言うわけで今日のところの料理教室はこれでおしまいにする。

私はケンさんに、自分がさっき作った分のチャーハンをタッパーに詰めたものを渡した。

「……まあ、頑張ったので見栄は張らせてあげます。バレたくなければ腕を早く上げることですね。これ、双子ちゃんに差し入れで持ってってあげてください」

「えっ、い、いいのか?」

「私は炒めただけですから。材料費は全部ライさん持ちですからね」

私はそう言うとケンさんにウインクをする。ライさんも申し訳なさそうにケンさんに頭を下げた。

「本来ならば上司で年長者の僕が教えるべき事でしたが……ケンさんのお蔭で僕も勉強になりましたし……奢りぐらいなら安いものですよ」

「お、おう……二人共、あんがと」

ケンさんはぶっきらぼうにお礼を言うと、双子ちゃんの現場へ差し入れに行く為に、急いで出ていく。

その慌ただしい足音が去って静かになった辺りで、ライさんがボソリと呟いた。

「……僕も、音胡さんが作ったやつ食べてみたかったです……」

ほう、珍しく素直な物言いです。私は先程ライさんが作ったベチャーハンを手に取ると、スプーンで掬ってライさんの口に押し込んだ。ライさんは一瞬驚くが、すぐにそれに気づいてチャーハンを咀嚼する。飲み込んだ後、表情が和らぐのが分かりやすい。

「っ!? …………あ、美味しいです……! それ、僕の……でしたよね?」

「ケンさんのは流石に後戻り出来ないですけど、ライさんのは炒め直せば軌道修正可能でしたから直しました」

私は少し得意げに胸を張る。ライさんはその言葉に、目をキラキラさせて私を見つめた。料理を教えるに当たって、ライさんにはもうひとつだけ教えておかなければならないな、と思ったことだ。

「……焦りすぎちゃっても、落ち着いて考え直せばいくらでもやり直せますから、安心して下さい。失敗を怖がらずやることです。何事も……ね?」

私は優しく、ライさんに語りかける。ライさんはその言葉を聞いて、意図する意味に気づいたらしい。ぱあっと笑顔になる。この表情の豊かさが、このヒトのいい所だ。それを、一度や二度の失敗なんかで失わせるなんてことは、私が許したりしない。

「音胡さんがいたら、僕は間違わなくて済みますね……情けない話ですけど」

「あはは、私でお力になれるなら、いつだって軌道修正してあげますよ。ですから、お互いに出来ることを出来る範囲でがんばりましょう、ね、部長さん」

そうしてへにゃりと頼りなく照れるライさんに、私も笑顔を向けた。はい、と答えるライさんは、照れながらもとても嬉しそうで、私も嬉しくなる。

「と、いい話をした所申し訳ないんですけど……思いっきり口元にお米ついてるんですよねぇ……」

「えっ!? そ、それこそ情けない話じゃないですか、なんで先に言ってくれないんですかぁ!?」