目的地が遠い話
「サナさんってなんで正統派のアイドルやってたと思います?」
「い、いきなりだね……なんで?」
「私も知らないんですよ」
そう言って肩を竦めて見せると、ルナさんの表情が一瞬で苦くなる。こういうとこやっぱサナさんと似てるんだよなとか思いつつ、ええ……と困惑の声を漏らすルナさんを眺めていた。
「ところで今日はなぜ家に?」
「先にそっち訊くべきじゃない? サナちゃんが新しい楽器見に行くって言うから」
なるほど、荷物持ちか……。という言葉を飲み込んで、私はお気をつけてと声を掛ける。道中、という意味も勿論あるけど、サナさんの『○○しに行こう』って結構遠回りで、気づいたらケーキ買ってたり、気づいたら買う予定のなかった服をふらっと見に行ってしまったりと目的地が倍遠くなる。
ルナさんがショッピングを楽しむような性ではなさそうな所、多分完全に雑用で呼びつけられているのが目に見えた。サナさんのそういう、人を振り回して遊ぶところはなんというか距離感がバグっているんだよな……かわいいと言えばかわいい所でもあるんですけどね。惚気に聞こえるんで黙っておきました。
サナさんは未だ身支度の途中らしい。そう(雑用要員)とは知らないのか、それとも承知の上のいつものお人好しか、ルナさんは穏やかにサナさんを待っていた。
「あら、ルナもう来てたのね」
「あ、変装してない!!」
そうこうしているうちに、サナさんは身支度を終えたらしい。リビングに入ってきたサナさんは普段のシンプルな服装よりも少しだけおしゃれ着に近い服装をしていた。けど、それが今までと違うのは、顔も隠していないし髪型もいつものツインそのまま。
普段、ネットで音楽活動をしているサナさんは、コエさんが解けなかった呪いの残りの影響でよくファン達に付きまといを受けていた。それを回避する為に今まではキャップを深く被ってたり、暑そうなのに羽織物をしてたりと多少不自由そうに見えていたのでちょっと驚く。
「必要なくなったでしょ」
「つばちゃんが呪いを解いたから?」
「少なくとも追いかけ回されるような真似は」
そう言ってサナさんが少し安堵したような顔をしていると、ちょっと照れくさい。照れ隠しに読んでいた本に栞を挟んで立ち上がる。
「私も買い物、ついていっても?」
「どうぞ」
「すみません、ルナさんあと10分ください!」
そうして私も支度の為に部屋に駆け込む。こそこそしなくて良くなったサナさんと歩く機会をルナさんだけに譲るのが惜しくなったのもあるし、サナさんとルナさんがまだギリギリという感じではあるけどどれだけ打ち解けたかもちょっと気になってきていた。
私は急ぎで、尚且つ、サナさん達の雰囲気に近くなるように着替える。なんだかんだでルナさんも出掛ける時はきちんとした格好をしてくるし、素で二人は目立つ方なので身構えるに越したことはない。サナさんと居ると何かしらの取材受けたりとか、スナップ撮られたりとか……同業者としてはその気持ちもわからなくないんだけど……萎縮するような出来事がよく起きる。
それは別にサナさんの呪いや運命ではなく、サナさんの実力だと思うし。
「お待たせしました!」
「よしじゃあ行こうか」
そうして揃って家を出る。しばらくはただ3人でどうでもいいことを話しつつ、お店の多い駅の方に向かって歩くだけの時間が続いた。そうじゃなくなったのは、大分街中に入ってきて人通りも多くなった頃。
想定通りというかなんというか、サナさんは楽器ではなく商店街の店頭に並んだ雑貨を眺めていた。けど、私達が気にするのはそれじゃない。
「……ルナさん、後方からついてきてる方々って……」
「……サナちゃん目当てだね……」
4,5人の女性グループが、明らかに私達の後を追ってきている。手にはスマホを持って、遠くからも話しかけるか話しかけないかできゃあきゃあしている声が聞こえる。時折シャッター音も聞こえる所を見ると盗撮してるっぽくも見えるし……。
ルナさんにそう耳打ちすると、ルナさんも困った顔をした。サナさんは追いかけ回されることは、と言ったものの、やはり有名人であることに変わりはないので『追っかけ』は居てもおかしくない。
「ちょっと、言ってくる」
「え、ルナさん!!」
ルナさんはそれが許せなくなったのか、そのグループにいきなり突撃し始めた。私は先を行くサナさんと、来た道を戻るルナさんの板挟みになってオロオロするしかない。
「ちょっといい? 幾ら有名とはいえ勝手な撮影はよくないよ!」
「えー、なんですか?」
「撮影してませーん」
ルナさんは正論をぶつけているつもりらしいけれど、さっきまできゃっきゃしていた女の子達は明らかに怒られたことに反発して態度が悪くなる。
「シャッター音聞こえてたよ、プライベートに干渉しないで貰えないかな」
「そちらこそいきなり話しかけないでくださいよ~」
ああああああ。明らかにグループの子とルナさんの間がギスギスしていく……。こういう時のルナさんがちょっと語気が強くなるから、反発を買うことが結構ある。割り込むにも下手な言い方をすると余計に空気を悪くしそうだ。私がどうしたものかと右往左往していると、どうやらサナさんがその状況に気づいたらしい。
私の横を颯爽を通り過ぎ、いつの間にか何か買ったらしい買い物袋をルナさんに押し付けて、ルナさんと言い合ってた子のスマホをさっと引き抜いた。
「あっ」
サナさんはそのままあろうことか、その子のスマホのパスコードを開けてカメラロールを探る。
「デビュー日をパスコードにしてくれてるのね」
「えっ、あっ……え……」
そう言ってサナさんは先程、その子が盗撮したであろう自分の後ろ姿の写真を表示して突きつけた。
「こんな映りの悪い、顔も見えない写真で満足?」
女子達は一斉に首を横に振る。サナさんはその盗撮写真を消すと、唖然としたままの女子グループの真ん中に座って、写真を数枚撮影、スマホを返却した。
「うちの愚弟が失礼」
「あだっ、痛、いたたた……」
そのまま颯爽とまた私の横を通り過ぎていくサナさん。ちょっと高そうなジャケットの襟首掴まれて引きずられていくルナさん。遠くで唖然のまま、悪いことしたかも……とささやきあうファンの子たち。
私は慌ててサナさんを追いかけると、丁度ファンの子から見えないように角を曲がった所でサナさんがルナさんをビンタしていた。
「この馬鹿!」
「だって、だって!!」
「サナさん、ルナさんも悪気があった訳じゃないんですし……」
ルナさんはさっきの勢いも何処へやら、サナさんに怒られてすっかりしょげていた。ちょっと可哀想に思えてきたので庇ってやれば、余計にサナさんの機嫌が悪くなる。
「だからこそよ、半端な情けは要らない。余計な摩擦を生まないで」
「で、でもこうやって怒鳴るのだって見せないようにやってるじゃん……プライベート見られるの嫌なんでしょ……? 今まではこそこそ出掛けてたんだし……」
通りを外れた片隅でルナさんは叱られている。ファンの子の前ではきちんと、サナさんは『キャラ』のままでファンの子へ対応していた。ルナさんはプライベートのサナさんがファンサービスに偏るのを心配して行動したのだろう。それは私も正直、心配している事ではあった。
「……それは、そうよ。……素の自分なんて表舞台に立てるほど見栄えのいいものじゃないって分かってやってる」
「…………!」
私とルナさんはその言葉に息を呑んだ。少し悔しげに視線を逸らすサナさんに、堂々とした有名人の影はもうない。
「アイオの時もそう。コエが見せてくれた他の世界もそう。本性のままアイドルで居られると思ってない。猫を被って初めて表舞台に立ててる。だからこそ、夢は夢のまま崩さないでやるのが道理だと思ってるの。夢を見させてる責任、みたいなものがある訳」
そ、そうだったんだ……。今朝の疑問が解けて二人で顔を見合わせる。サナさんの覚悟の強さと同時に、サナさん自身の『素性』への迷いというか評価というか、ナイーブな内面を垣間見てなんだか切なくなった。
「さ、サナさああん!!」
「さて、迷惑料、払って貰おうかな~」
「え、えっ……? か、勘弁してよ……」
思わずサナさんの腕に抱きつく私、しれっと元の道に戻ってカフェに入っていくサナさん。結局ただの荷物持ちと財布役になってしまうルナさん。
私達が楽器屋に辿り着くまでに今日は倍どころか、3倍は遠くなりそうだ。
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